高知市立長浜小学校の4年生が水泳の授業中に溺れて亡くなった事故で、第三者委員会は予算の問題には手をつけなかった。なぜそうなったのか、という原因は第三者委員会の設立時点にさかのぼる必要がある。そこに焦点を当てると市役所の思惑が透けて見える。(依光隆明)

重大事案検証室に言及した2024年7月30日の臨時市議会市長説明(高知市のホームページより)
委員の人選に市当局が関与?
長浜小学校の4年生が市立南海中学校のプールで行われた水泳授業で亡くなったのは2024年7月5日。翌月、高知市は高知市教育委員会の付属機関として第三者委員会「高知市立長浜小学校児童プール事故検証委員会」を立ち上げた。注目すべきはその事務局だ。市は市教委内に重大事案検証室を作り、第三者委員会の事務局を担当させた。多くが兼任辞令を交付される中、専任副参事として重大事案検証室の主軸を担わせたのは市長部局の秘書課長。つまり市長直轄で第三者委員会を支える体制を組んだと解釈できる。
当然、第三者委員会の人選にも市長部局が関わっていると見ていい。キーマンとして秘書課長を派遣しながら人選に全く関与しないと考える方が不自然だ。では委員の人選はどうだったのか。実はこの人選に報告書の行方を決めた最大の鍵が隠されている。

「長浜小学校児童プール事故検証委員会」の委員名簿(「長浜小学校児童プール事故検証報告書」より)
「ミクロの目」シフトだった
2024年8月1日に施行した「高知市立長浜小学校児童プール事故検証委員会条例」は、目的を次のように定めている。〈令和6年7月5日に高知市立長浜小学校の水泳授業において発生したプール事故(以下「本件事故」という)について調査,検証等を行うとともに,高知市立学校におけるプール事故の再発を防止するために必要な事項の検討を行う〉。要するに「事故の検証」と「再発防止策の検討」が目的だ。事故の検証はさまざまな角度から行う必要がある。事故が起きたのは結果であって、そこに至るまでには事故につながる要素が幾重にも絡まっている可能性があるからだ。ところがそれを担う委員の人選には決定的な欠陥があった。
高知市と市教委が選んだ委員は、弁護士2人のほかに学校教育の専門家(大学教授)、水難学会理事(大学教授)、ライフセービング協会副理事長(私立中高教諭)、臨床心理士、医師。水難学会というのは「浮いて待て」を提唱し、併せて水難に関わる調査研究を行う組織。ライフセービング協会は水辺の事故防止に向けた活動を行っている。整理すると、水泳授業に関する専門家が3人、事故後のケア等に関する専門家(医師と臨床心理士)が2人。弁護士のうち一人は元検事で、もう一人が報告書の執筆を担った。
お気づきだろうか。この構成は「ミクロの目」に特化した人選になっている。事故が起きた直接的な原因(当日の授業)をミクロの目で解明し、当日の授業とその後のケアの問題点を細かく検証するシフトなのだ。保護者の代表、あるいは市民代表を入れることもできたが、素朴な視点を提供できるような人は一切選んでいない。
「ミクロの目」を持つ専門家に絞ったということは、巨視的な目で検証されたくなかったと見られても仕様がない。しかもご丁寧に「プール事故検証委員会条例」にはトラップも仕掛けられていた。

「長浜小学校児童プール事故検証委員会条例」から。委嘱時の身分を失ったら委員資格はない旨が明記された
「身分」外のことは話せない?
委員の任期を定めた条例第5条の3に違和感のあるくだりが挿入されていた。〈委員が委嘱されたときにおける当該身分を失った場合は,委員を辞したものとみなす〉。さりげない一文だが、この意味は重い。「人」で選んでいるのではなく、「身分」つまり肩書きで選んでいるのですよ、と念押ししているのだ。つまり「身分」外のことを話す可能性を塞いでいる。例えば日本ライフセービング協会の副理事長が「そもそもの事故原因の一端は市の教育予算が乏しいからではないか」と発言することはできない構図にしてしまっている。
おまけに議事をすべて非公開にした。仮に日本ライフセービング協会副理事長が予算問題を口にしたとき、市側が「それに関してあなたは発言できません」と口を封じたところで誰もチェックできない。市は条例に〈委員は,その職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も,同様とする〉という文言も盛り込んだ。口を塞いだうえ、塞がれたことを話すのも永遠に禁じたのだ。
出てきた報告書は、おそらく市が注文した通りになった。現場のミスは微に入り細を穿って解明したものの、事故が起こった構造的遠因はすっぽりと抜けている。特に予算問題は現場でたびたび予算を気にする声が出ているにもかかわらず、不自然なほど全く触れていない。結果としてほとんどすべての批判の矢が現場に向き、市当局は安全地帯で傍観することができた。市の幹部にすれば、市長部局に傷がつくことを防いだ構図になる。市長や副市長を守ることができたことになる。

「長浜小学校児童プール事故検証報告書」から。事故と予算の関係を示す個所も目立つ
構造的な問題はなかったのか
報告書が出たのは年度末ぎりぎり、2025年3月31日だった。「ミクロの目」に終始したことによる最大の問題は、報告書が教育予算に目を向けるきっかけにならなかったことだろう。もちろん「ミクロの目」は大切なのだが、高知市民にとってさらに大切なのは事故につながる構造的問題だ。「現場が悪かった」で総括してしまうと事故を生み出す構造は温存される。いや、もっと悪くなる恐れすらある。予算措置なしで現場に研修やマニュアルその他を押し付けると、現場教員の負担が増す。ただですら負担が多いのに、現場の負担を増やしたらどうなるのか。むしろ事故の危険が増す可能性すらないとは言えない。
何をするにしても予算措置は欠かせない。それを握るのは市当局であり、ということは市長や副市長の決断にかかっている。市当局を傍観者にしてしまっていいわけがない。News Kochiには子どもを持つ保護者からのメールが届いている。メールの一つは高知市にこう訴えていた。「学校や施設を作ったり、設備を導入したり、公共工事を行う際に、予算よりも命を優先してください。長浜小プールのポンプの部品が鉄製ではなくステンレス製であれば、故障しなかった、あるいはもっと寿命が長かったと考えられます。目先のことではなく、長期的に市民の命を守ることを、常に念頭においてください」