高知市上町にある「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」の指定管理は2022(令和4)年4月からシダックス大新東ヒューマンサービス(東京)が担っている。1年半後の2023年11月、高知市議会で浮上したのはシダックスの応募資格に関する疑惑だった。応募資格を満たしていないことを知りながら高知市はシダックスに指定管理を任せたのではないか、という疑惑である。問題を煎じ詰めると「始期まで」の解釈に行き着く。(西岡千史)
すべては「始期まで」から始まった
「龍馬の生まれたまち記念館」の指定管理に応募する際、高知市は〈高知市に本社、本店、支社又は営業所を設置していること〉というハードルを設けていた。ただしそこには以下の注釈があった。〈申請時点で、支社又は営業所等を有していない団体等であっても、当該施設の指定期間の始期までに設置できる施設であれば申請可能とします〉。
指定管理期間は2022年4月1日からだった。シダックスは「始期まで」に4月1日が含まれると解釈し、指定管理開始日の4月1日に指定管理施設に営業所を置くと主張してこの応募資格をクリアした。事前に相談を受けた高知市がそれを「問題なし」と認めたため、高知市ではこのシダックス方式が公認されている。
最大の鍵は「始期まで」の解釈だ。普通に考えると前任団体(入交住環境株式会社)の指定管理が切れるのは2022年3月31日の24時。当然、後任団体の指定管理の始期は4月1日午前零時となる。ところがシダックスは「(「始期まで」に)日本語解釈、法規上4 月 1 日は含まれると認識している」という解釈をし、高知市はそれを認めた。すべては「始期まで」の解釈から始まっている。
「見解を差し控えさせていただきます」
「始期」とは具体的にどの時期を示すのだろうか。
まず国立国語研究所(東京・立川市)に見解をたずねた。
同研究所は1948年に創設された日本語の研究機関である。ホームページ(HP)には「日本語・言語に関する知を探究し、その成果を広く社会に提供することを目的としています」と書いてある。当然、日本語のまっとうな解釈を提供してくれると思ったのだが…。「所内で検討の結果」と前置きし、こう返答してきた。
「法解釈と言語学的な見地は異なることから、研究所としての見解を回答を(ママ)差し控えさせていただきます」
次に、複数の国語学者に同じことをたずねた。テレビによく出る著名な国語学者の返答はこうだった。
「始期という言葉は、一般的な日常語ではなく、日本語学が定義するようなものではありません。法的に専門用語として決められている言葉かと思います。日本語学者が口出しできず、おこたえできません。すみません」
国立国語研究所や国語学者が「始期」を説明できないとすれば、「始期まで」も定義できるはずがない。
法律上の効力が発生する「始期」、効力を失う「終期」
では、法律や行政の文書ではどう定められているのだろうか。
法律の文書で「始期」という言葉が定義されているのは民法だ。同法135条には、「法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない」と定められている。
少しわかりにくい文章なので補足すると、法律用語の「期限」という言葉には、法律上の効力が発生する「始期」と、効力を失う「終期」がある。それ以外の期間は法律上で定められた行為の要求はできないということだ。スーパー大辞林では「始期」の定義について、「法律行為の効力が発生し、あるいは債務の履行を請求できるようになる期限」と解説されている。
高知市がシダックスに与えた指定管理の権利の始期は2022年4月1日である。行政の仕事では、年度始まりである4月1日を「始期」と定めた文書は多い。運用の具体例を見ると、高知市を除く行政機関が「始期まで」をどのように定義しているかがわかる。
育児休業法の「始期まで」
育児休業法では、国家公務員が育児休暇や育児中の時短勤務ができる期間について「小学校就学の始期に達するまで」と定められている。「小学校就学の始期」とは、満6歳の誕生日を迎えてから初めて迎える4月1日のことを指す。いわゆる「小学1年生になる日」だ。では具体的に「始期まで」はいつまでを指すのか。
国家公務員の働き方や人事制度を所管する人事院は、育児休業法を職場でどのように適用するかについて「育児休業等の運用について」という規則で定めている。そこでは〈「小学校就学の始期に達するまで」とは、満6歳に達する日以後の最初の3月31日までをいう〉と明快に規定している。つまり4月1日が始期の場合、「始期まで」とは3月31日までを指すということだ。
「始期」「終期」、参議院法制局の見解
終期はどうか。法律の立案作業にかかわる参議院法制局はHPでこう示している。
〈期間が満了するのは、その期間の最後の日が終了した時点です。なお、週、月又は年によって期間を定めた場合は、暦に従って計算し、その最後の週、月又は年の起算日に応当する日の前日限りで満了します。例えば、4月1日から起算する場合の「1年間」は、閏年でも翌年の4月1日の前日の3月31日に満了します〉
「龍馬の生まれたまち記念館」の指定管理期間でいえば、終期は2022年3月31日となる。正確には「最後の日が終了した時点」なので、3月31日の深夜12時までが入交住環境の担当だったことになる。では起算はいつからか。同じ文書で参議院法制局はこう書く。
〈期間の計算は、原則として民法の規定(第138条~第143条)によることになっており、それによると、時間によって期間を定めた場合はその時から起算しますが、日、週、月又は年によって期間を定めた場合は、初日を算入しません。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、初日を算入します〉
指定管理は切れ目なく続くから、前任団体の指定管理が3月31日深夜12時で終期を迎えたのであれば後任団体の始期は4月1日午前零時となる。つまり高知市が「始期」ではなく「始期日」と書いていてもシダックスの指定管理は4月1日の午前零時からとなる。まして「始期」と書いているのだから、4月1日午前零時から指定管理が始まることは疑いを持ちようがない。
高知市だけは4月1日までOK?
シダックスはNewsKochiの質問に対して「(「始期まで」に)日本語解釈、法規上4月1日は含まれると認識しています」と回答した。民法や参議院、人事院の条文ならびに運用を見る限り、これは例外的な解釈と言わざるを得ない。それを受けて高知市が「始期までに4月1日は含まれる」と公式発表(議会で答弁)してしまったことは、他の行政文書との統一性を保てなくする可能性がある。
たとえば高知県内の市町村が「国家公務員に倣って小学校就学の始期まで育児時短勤務ができることとします」と決めたら、高知市だけは3月31日ではなく4月1日まで時短勤務ができることになる。「始期まで」に4月1日が入るというのが高知市の公式見解であり、なにより議会でそれを強調しているからだ。人事院規則は法律ではないので、高知市だけが異なる運用をしても法律違反ではない。が、高知市と高知市以外とで齟齬が出る。高知市が解釈を改めない限り、その齟齬はどんどん広がっていってしまう。