政治

ファクトチェック。桑名市長の公約達成率、結果は✖

高知新聞の12月10日付1面に、1年前に高知市長となった桑名龍吾氏の市政を振り返る記事が載った。気にかかったのは桑名氏が市長選で掲げた公約150の9割を達成または達成できる見通しが立ったと弘瀬優副市長が協調している部分だ。事実なら素晴らしいのだが、事実でなければ為政者あるいは行政マンとして失格になりかねない。(依光隆明)

2024年12月10日付の高知新聞1面記事。右の連載の中に左のくだりがあった

新聞1面で「公約達成」アピール

近年、権力者の言動はファクトチェックにかけざるを得ないというのがならわしとなっている。発端はアメリカのトランプ大統領である。側近が虚偽の事実を話したとき、別の側近が口にした言葉が「オルタナティブファクト(もう一つの事実)」だった。つまり「権力者にとっての事実」、あるいは「権力者が事実だと主張している事実」。どんな嘘も権力者が言えば本当らしく聞こえる、少なくとも支持者はそれを本当だと信じてくれる、という雰囲気がその嘘を支えている。

トランプ氏の登場以来、日本の政治家も同じような手法を採り始めた。対抗策として編み出されたのがファクトチェックだ。事実かどうかを可能な限り客観的に調べるのである。面倒だが、これをやらないと権力者は嘘を言い放題になる。

12月10日の記事に載っている該当部分はこうだ。

〈弘瀬優副市長はこの1年を「公約の実現に尽力してきた」とし、市長選で掲げた150項目のうち9割の134項目を、達成または今任期中に達成できる見通しがたったと強調する〉

150項目のうち134項目という具体的な数字を弘瀬氏は挙げた。134という具体的な数字を挙げるからにはよほどの根拠があるに違いない。

「公約9割達成」の根拠として高知市が出してきた文書

市長しか知らない◎○△

News Kochiは12月10日、高知市役所に〈134項目の「達成または達成の見通し」の根拠となる資料〉について情報公開請求を行った。文書を入手できたのは25日。開示されたのは〈【市長評価結果】市長公約施策の達成状況に係る評価について〉と名付けられたA3判9枚つづりの文書だけだった。

1から150まで番号が振られ、それぞれに「公約内容」や「詳細」「担当部局」などの欄がある。意味不明の部分もあるので、総務部政策企画課の助けを得ながら読み解くことにする。同課の説明によると、「公約内容」が市長公約で、「詳細」はその説明。担当部局と担当課は庁内の担当セクション。

たとえば148は、「公約内容」が〈市政の情報公開と広報の充実に努めます〉。「詳細」が〈市政上の様々な施策・事業に関する情報や、市が保有する統計データ等はもとより、行財政改革の実施状況や市長・副市長のスケジュールなど、市民の皆様が市政により関心を持っていただけるよう積極的に情報公開を進めるとともに、広報の充実に努めます〉。「担当部局」は総務部で、「担当課」は広聴広報課。148の場合には「詳細」が詳しく書かれているが、「公約内容」と「詳細」がほとんど変わらないという項目も少なくない。

意味不鮮明な欄は「市長協議」と「市長」。「市長協議」の欄を1から150まで見ていくと計16の公約に黒丸がつけられていた。政策企画課によると、黒丸の意味は「公約内容について、関係部局との協議の場が設けられた」ということ。つまり150公約のうち16公約に関しては関係部局を交えた話し合いが行われたということらしい。

最も分からないのは「市長」の欄である。「◎」「○」「△1」「△2」「※」の印がついているが、その印の意味は市役所自身も関知していない。政策企画課の説明によれば、「市長自身の判断で(印を)つけています。どうしてそういう評価を付けるのかはすべて市長の中で判断しています。(判断の)指標も市長の中にあります」。◎の意味も○の意味も市長でないと分からない、と強調する。もちろん△1、△2なんて職員には全く分からない。冗談で言っているかと思ったらそうではない。何度聞き直しても同じ答えだった。

市長しか分からないようなこんな文書をなぜ作るのか。同課の答えは、「(公約の)進捗状況を市長が自分で管理するためです」。要するに、市長が自身の公約遂行状況をチェックするための私的メモと言っていい。もちろん市が作って市が管理しているれっきとした公文書なのだが、◎の意味も△の意味も市長しか分からないのだから私的メモと表現したところで誤りではないだろう。

確かに市長が◎をつけた項目を見てもその意味は分からない。先に挙げた148は◎がついているのだが、担当課の広聴広報課にこの公約の遂行状況を聞いても反応は極めて悪かった。そればかりではない。「詳細」項目で挙げられている「市長・副市長のスケジュール」は、桑名氏になってむしろ簡略化が進んだ。岡崎誠也氏が市長だった時代は時間まで公開されていたのに、桑名氏は午前、午後しか記載しないように変更した。「積極的な情報公開」という公約からいえば、これは後退にほかならない。なぜそれが◎なのか、職員もさっぱり分からないというのが実情だろう。

「【市長評価結果】市長公約施策の達成状況に係る評価について」の欄の一つに「市長ご意見」があった

行政文書で市長に敬語?

この文書は市長がつけた◎や○の集計も載せている。それによると◎が111、○が26、△1が10、△2が1、※が2。これで計150。たとえば7番「病児保育体制の整備を進めます」と11番「発達障害の療育支援を行います」にはいずれも◎がついている。任期中にできるめどが立ったという意味の◎かもしれないが、できるめどが立ったと思うのは市長の主観であって客観的事実ではない。「できると思ったけれど結果的にできなかった」というせりふは誰だって言える。その程度のレベルを検証できるはずがない。そもそも検証の対象にもならない。

さらに気になるのは、「公約内容」と「詳細」に微妙な違いがあることだ。たとえば13「結婚して新生活を営む新婚世帯を支援します」が、「詳細」では「結婚に伴う経済的負担を軽減するため、新婚世帯に対し、新居の家賃や引っ越し費用等の補助に向け検討を進めます」。「支援します」が「詳細」では「検討を進めます」になっている。これは3「世代間で支え合う子育て環境を充実・強化します」も同じ。「検討します」や「努めます」「取り組みを進めます」「仕組みを構築します」などなど、言質を取られないためのお役所的言葉が多いのだ。

唯一、切れ味のよさを感じたのが1「子どもの医療費の無償化を中学生まで拡充します」だ。「詳細」はこう書く。「子どもの医療費助成制度について、自己負担ゼロの無償化を中学生まで引き上げます。また同時に、国に対して無償化を国の責務で行うよう強く働きかけていきます」。自己負担ゼロの無償化を中学生まで引き上げる、と明記した上で◎なのだから、少なくとも任期中にできるめどはたったのだろうと推察できる。ただし「担当課」の横に「市長ご意見」という欄があって、そこにこう書かれていた。「要件を考えて実施したいと12月議会で答弁している」。無償化の対象者を絞るということだ。絞り方によっては該当者が極めて少なくなる可能性もある。

実はこの文書を見ていて最も驚いたのは「市長ご意見」という5文字だったかもしれない。市が作る行政文書で市長に敬語を使っているのを初めて見た。新しく就いた市長がお客様扱いにされているさまがこの文字から浮かび上がってくるようだ。昨年末、桑名氏は6期目を目指した岡﨑誠也氏を僅差で破って市長に就いた。庁内出身ではなく、義兄の中谷元・衆議院議員(現防衛大臣)秘書から県議会議員に転じた人物である。市の幹部や職員から見ると、丁重に扱うべきお客様なのかもしれない。

桑名龍吾高知市長(右)と、女房役の弘瀬優副市長。弘瀬氏は市職員からのたたき上げだ

フェイクと言われても仕方ない

さて、肝心のファクトチェック。副市長の弘瀬優氏は高知新聞紙上でこう強調した。〈市長選で掲げた150項目のうち9割の134項目を、達成または今任期中に達成できる見通しがたった〉。その根拠資料を求めたNews Kochiに対し、市が出してきた資料は「【市長評価結果】市長公約施策の達成状況に係る評価について」のみ。先に見たようにこの資料はいわば桑名市長の私的文書であり、桑名氏が〈達成または今任期中に達成できる見通しがたった〉と思うかどうかだけをメモしたものに過ぎない。客観的事実を担保する中身が存在しないうえ、そもそも市役所の職員ですらこの文書を読み解けないという現実もある。

加えて気になるのは134という数字である。桑名氏がつけた◎と○の数を合わせると137。◎と△だと122。どう数合わせしても134にはならないのだ。これでは弘瀬氏の発言がどういう意図で、なにを根拠に出たのかが分からない。根拠となる文書を市役所が出し得ない以上、ほかに検証手段がない以上、弘瀬氏の発言はファクトとは認められない。つまり桑名氏の市長選公約150のうち134が〈達成または今任期中に達成できる見通しがたった〉という弘瀬氏の発言は事実と認めることができない。

市長選公約150のうち134が〈達成または今任期中に達成できる見通しがたった〉というのは刺激的な発言である。それが新聞の1面に載ることにより、桑名市政の滑り出しは100点満点という印象が広がっていく。当然ながら、根拠あいまいなまま自らに有利な発言をするのは印象操作に近い。ファクトではないと知りながら印象操作をするのは典型的なフェイク(まやかし)である。市民にフェイクが喧伝された可能性はゼロではない。

(C)News Kochi(ニュース高知)

関連記事

  1. なぜ学校で…。高知市立小プール死をめぐる疑問⑬第三者委員会を覆う…
  2. 惜別 自然との境界をジャーナリストとして駆け抜けた西原博之さん
  3. 高知市とシダックス①指定管理をめぐる疑惑
  4. 高知市とシダックス③「ガイドラインの要件」って?
  5. 高知市による民有地占拠疑惑⑫シリーズが冊子になった
  6. 16歳アイドルの自死、そして報道被害
  7. ほん。サッカー選手のネクストキャリアを考えてみた
  8. イラクの子どもに医療支援を。20回目のチョコ募金、ことしもスター…

ピックアップ記事









PAGE TOP