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ドキュメント危機管理 山梨県庁×新型コロナ➂知事との会合を地元紙が拒絶

山梨県の長崎幸太郎知事は山梨で生まれ育ったわけではない。山梨に縁のある親族はいるものの、本人は東京育ち。東大から大蔵省に入ったあと、2002年に山梨県庁へ出向する。2005年の衆院選で山梨2区から自民党公認で立候補し、比例復活。以降の衆院選は公認をもらえず、自民党を離れて無所属で2回当選した。自民党の公認候補を破っての当選だった。2017年の衆院選は自民党に復党したものの非公認で戦って落選。2019年1月の県知事選に出馬し、現職を破って当選した。山梨県の自民党本流とは足場が違うからだろうか、地元報道機関とはぎくしゃくしていたようだ。山梨県知事の政策顧問を務めていたノンフィクション作家、七尾和晃さんのリポートを続ける。

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「医学的・専門的見地に基づく情報発信」と「状況に応じて踏み込んだ情報開示」という原則を公表した後も、県政記者会加盟各社の編集幹部(地元メディアの編集局長および全国メディアの各支局長)らで構成する「編集者会」に対して、知事自身が同原則を含めたコロナ対策の施政方針と趣旨を直接に説明する会合を、幹事社を通じて設けたことがあった。ところが、幹事社と協議の上、オンレコでの開かれた会合を企図したものの、想定外の状況が発生した。編集者会のなかで、山梨日日新聞の編集局長と、同社の系列放送局・YBS山梨放送の報道制作局長が、揃って出席をボイコットする事態となったのだ。(七尾和晃)

新型コロナ感染症発生当初における山梨県の対応=「山梨県の新型コロナ対応の検証・記録業務に関する報告書」より

「双方向型」を模索して設定

当時の幹事社であった産経新聞の支局長から困惑含みで伝えられた両者の欠席理由は、“知事と話す必要などない”との旨だった。しかし、この会合は懇親会ではなく、コロナ禍における県方針を直接に説明し、また情報公開方針のあり方等についても要望や要請があれば行政運営にも反映させたいという「双方向型の取材現場」として設定したものである。県民にもっとも近い報道機関である地元紙と系列放送局の編集幹部による取材機会の放擲という状況は、県庁幹部らに大きな動揺をもたらした。

よりきめ細やかな医療健康情報と感染状況を県民に伝えてもらいたいと願う、ストレートな動機と向き合わざるを得ない行政側としては、地元メディアによる取材拒絶という姿勢をどのように受け止め、報道姿勢・方針を理解していくべきか、その後も答えは出ていない。編集方針や報道方針、取材姿勢を直接に理解することもまた、行政現場自身が情報開示の適切なあり方を常に更新し、改善していく上で何よりも大切なことであろう。

報道機関として、体制側へのおもねりや擦り寄りは回避されるべきであり、取材対象との心理的距離の確保は何よりも大切とされるべきもののはずだ。ただ、対応側の認識としては、それはあくまでも「意識・精神面、さらには記事化と表現上のスタンス」であり、火急の社会情勢に対処するための取材現場の設定に対して「物理的に接点をもちえない」、取材現場や取材機会にあえて臨場しないという現実を突きつけられたのは、私自身の経験においても初めて遭遇するものだった。

新型コロナ感染症対応のような未曾有の社会不安と錯綜状況のなかで、医療健康情報の「伝えるべき内容を理解・咀嚼した上で届けていただきたい」という動機が優先されるべき局面にあって、行政側の趣旨説明を聞きおいてもらえない状況の発生は、衝撃的であり、その後も長く、行政側における両報道機関への不信感が固着する遠因ともなった。

それは「取材対象との距離」とはまた別の、「災害時対応の情報提供や取材対応のあり方」という観点から、解決困難な課題としてなおも痛点を刻印したままである。

山梨日日新聞社のホームページより

行政対応と取材要請との葛藤

新型コロナ感染症発生の時点で、「国民の知る権利」を負託されている報道側が、行政現場に対して「尽きることのない濃厚接触者と患者情報の開示」を求めるのは当然だ。一方で、すでに生活現場ではインターネットやSNSの普及浸透もあり、疑心暗鬼と集団不安とも思しき状態が面的に拡大し、「あいつは危ない」「あいつも危ない」といった根拠のない、あるいは不必要な恐怖心が蔓延しているともとれる社会状況に陥っていた。

人口密度の薄い地域ほどこうした心理的混乱は強く、速く蔓延するという状況は山梨県にとどまらない。地方の地域社会では、職住近接である以上に、地域社会としてほぼ一体化していることが少なくない。そのため、心理的混乱は瞬時に拡散し、定着する。これはインフルエンザ等、従来の感染症にあっても同様だ。すなわち今後、行政として状況発生時の「社会不安」「集団心理」という要因に対し、いかに効果的かつ適切に対処・対応しうるかは、想定すべき喫緊の課題であろう。

匿名性が成立しがたい地域社会の個別・個人情報が、発信元不明の情報でありながら浸透・拡散されるという「個人情報保護と人権擁護の限界状況」を、新型コロナ感染症は象徴的に露呈・加速させたのではなかっただろうか。

報道・取材者側においても、こうしたネット上に揺曳する、根拠の有無を前提としない情報を逐一拾い、またネット情報が示唆する現場にいち早く駆けつけてといった「感染現場や感染者の生活環境での取材競争」と思しき状況が発生していた。取材活動自体が小さなコミュニティや地域活動の現場において、さらなる不安要素として拡大再生産されるという状況も残念ながら頻繁に発生していた。

こうした事態の発生は、事件事故・災害対応時の行政現場にあっては常々みられる、行政対応と取材要請との必然的な葛藤状況とも理解できる。それが故に、情報発信の方針、判断の根拠、発信過程。その三つを明瞭に、かつ前置することで、取材姿勢への過不足のない対処と、先にある県民・国民への報道内容の充実をと努めて意識していた。それが、前述の基本原則設定に当たっての、行政現場におけるもう一つの目的でもあったのだ。

ただ、取材活動が常に「伝える」と同時に、取材者側の活動動機として「競争」「競合」をはらむ以上、行政側とは解消困難な状況が発生することは避けられないのかもしれない。

「山梨県の新型コロナ対応の検証・記録業務に関する報告書」がまとめた都道府県別の感染者・死者数(2021年10月1日時点)。ちなみにこの時点で高知県は10万人当たり感染者611人、死者4.8人

ネット情報とどう向き合うか

昨今では、「メディアスクラム」や「二次被害」といった課題設定が報道側からなされ、日本新聞協会の『新聞研究』誌においても数々の議論が展開されている。他方、行政現場はその内部討議と検討の成果を、報道とはまた別の立場から「発信すべきを発信する」責務を負う。それは同時に、県民保護を死守すべき立場として、「発信してはならないもの」を負うという、反面の論理とも一体であることを意味する。

根拠が不明瞭なネット情報の「書き込み」に対して、現場の記者らが、結果として対応を迫られた、していたと見受ける状況は、「ネットには出ているのになぜ答えられないのだ」という、行政現場への具体的な叱責の声に転じ、幾度も届くこととなった。しかし行政現場は、県民個々と全体、時に齟齬をきたしかねない社会構成要素からの要請も、それぞれの安寧に対してなしうる限り最大限の責任を持つ。「個の幸福追求と全体の公共性・公益性の両立」という“極限の価値”への実現意欲を、決して放擲し得ない機能であることを失念することがあってはならない

ネット情報が結果として真実であったとしても、そこに依拠した発信情報の組み立てや追認といった行為は、冒頭の基本原則の一貫性と、一貫性が故の明瞭性・透明性の確保を危うくしかねない点で、強い留意が必要だろう。「ネットでは特定されていてすでに周知・既知の事実となっているのだから、認めよ、公表せよ」という記者個々らの現場要請を受け止めるべきかどうか、これもまた、平時にあってこそ検討すべき部分ではあるまいか。

とりわけ、新型コロナ感染症対応のように、行政行為と「私権」との整理が、行政内部においてのみならず、社会的諒解としても未成熟なままに状況対処が先行せざるを得ない状況下にあっては、繰り返すも平時こそが、冷静に議論を深耕するべき好機に他ならないはずだ。いずれ必ず「次の必要局面」がやってくる。(つづく)

(C)News Kochi(ニュース高知)

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