新潟県佐渡の新しい魅力を発信しようと、2025年9月に『Ikki』という郷土文化誌が誕生した。第2号の刊行を機に、編集者の本間大樹さん(63)=新潟市出身=を佐渡に訪ねた。いま佐渡のシンボルは、復活から18年で約500羽を数える「トキ」。住民との共生を支えるのが島独自のコメづくりだ。環境から里々の文化まで多様な豊かさを守る佐渡の生き方を、『Ikki』の視点から紹介する。(寺島英弥)

2025年9月に創刊された新潟県佐渡の郷土文化史『Ikki』
不思議な縁に導かれながら
『Ikki』の創刊号が特集したのは、佐渡が生んだ異才の思想家・北一輝や、農民一揆の歴史、独特の芸能・鬼太鼓(おんでこ)など。島に根付いた民衆のエネルギーを多彩に掘り起こした労作だった。第2号も歴史発掘に挑み、金山を持つ幕府直轄領で「義民」となった農民一揆指導者の闘い、室町時代に配流され能の奥義を伝えた世阿弥の終焉の地を作家藤沢周さん(新潟市出身)と読み解く特集などが並ぶ。約2000部が島内外で読まれている。
本間さんは東京で雑誌「BIG tomorrow」(青春出版社)などの編集者だった。新潟市に帰郷したのが2012年。福島第一原発事故の影響で新潟にも大勢の避難者があり、その現実と東京で知る「管理された情報」との落差を痛感する。そのような中、自らの手で地方発の雑誌を出す夢を膨らませた。佐渡は両親の故郷。二・二六事件(1936年)に連座し銃殺された北一輝の初恋の女性の血筋につながる――という事実も分かり、「佐渡との不思議な縁に導かれながら取材と学びを重ねています」。

佐渡に伝わる国重要無形民俗文化財の「文弥人形」を見る本間さん=2026年7月、佐渡市猿八の鳥越文庫
トキの餌場をつくる
『Ikki』2号の特集の一つが「生物多様性―トキを育む佐渡の米づくり」だ。佐渡は新潟県内では魚沼産、岩船産と並んでコシヒカリの三大産地として知られている。目に鮮やかな風景が、島の中央に広がる国中(くになか)平野を緑に染める水田だ。太古に大佐渡、小佐渡という二つの島が土砂でつながり、標高千メートルもある山々の豊富な水、穏やかな海洋性気候に恵まれ、豊かなコメどころが育まれた。そこで年約3万トン、住民が消費する量の10倍ものコメを作り、島外の人々に食べられている。
目を凝らして水田の緑の中に一点の朱色を探した。運がなかったか、三日間の滞在中、ついに見かけなかった。佐渡のシンボル、トキ(朱鷺)だ。「毎日、餌を食べた後、群れでここに飛んでくるよ。ツイテないね」と午前7時前、水田の端で話を聴いた農家から同情された。柄の長い電動草刈り機で、あぜ道の草をきれいに刈っている最中だった。眺めると、どの水田のあぜ道も整然として美しい。それも、トキを守る活動の一環だった。
「トキが餌を獲れる田んぼで作った安全でおいしいコメ、すなわち『トキ認証米』という制度を立ち上げました。おかげさまでいまでは人気で佐渡米は毎年完売しています」。佐渡市の渡辺竜五市長が『Ikki』2号巻頭企画で作家佐藤優さんと対談し、そう語っている。
かつて日本各地で見られ、「Nipponia nippon」の学名を持つトキは、明治以降の乱獲や森林伐採、農薬や圃場整備など環境激変で激減し、佐渡に残った最後の一羽が2003年に死んだ。トキ復活に取り組む新潟県佐渡トキ保護センターが、中国から日中友好で贈られた二羽のつがいから人工繁殖に成功。5年後に初放鳥は実現したが、真の復活には遠かった。「佐渡の環境そのものを自然に戻さなくては」という逆転の発想が人間にも求められたからだ。

水辺で餌を探すトキ。白に朱色が美しい。トキの森公園でようやく出会えた=2026年7月5日、佐渡市新穂
「生物多様性のコメづくり」
2004年、両津市など島内の10市町村が合併して佐渡市が生まれた。島挙げて取り組む条件は整ったが、折からの台風被害でコメの減収と品質低下、価格下落もあり農家の意欲が減退した時期でもあった。「だが、そこから逆転劇が始まった。当時の農林課長が、自身も農家の渡辺現市長でした」と本間さん。トキをシンボルに「生物多様性のコメづくり」を掲げ、2007年に「朱鷺と暮らす郷」認証制度を創設した。
『Ikki』2号の特集によると、認証制度の要件は①農薬・化学肥料を慣行の半分以下にする②「いきものを育む農法」を行う③年2回、水田に生息する「生きもの調査」をし、レポートを提出する④あぜに除草剤を使わず、稲が生育中、田に入れないトキがあぜで餌を獲れるようにする――。農家が“抵抗勢力”にならなかったのは、昔からあぜの草を耕牛の餌にしていたこと、草刈りをして田をきれいに保つ意識があったこと。無農薬栽培の土壌が島内各地にあったことも大きく、「元来の佐渡人気質のたまものである」と本間さんは記した。
東京五輪(1964年)の頃まで人口10万人を数えた佐渡の住民は、現在、4万6千人と聞いた。人口減少や高齢化の面を見れば、筆者が暮らす東北の現状とあまり変わりはない。しかし、東北と異なると感じるのは、佐渡を取材中、夏草が伸びた耕作放棄田や荒れた廃屋を見つけられなかった農村風景の豊かさだ。トキの復活とともに「島の人々は生き方を変えた」と本間さんは語る。農作業の効率や経済性優先の流れから脱却したと言っていい。そのことが「全国に売れる人気米」の産地にもつながった。それが魅力となって、県外からの移住者も毎年500人前後を数える。

佐渡に広がる水田のあぜを朝仕事で草刈りする農家。やってくるトキの餌取りへの思いやりだ=2026年7月6日、佐渡市吾潟
35カ所に根付く民衆能
特集記事の対談で本間さんは、渡辺市長のこんな印象的な言葉も伝えている。「たしかに米作りをはじめとする農業は、トキの環境を含めて里山の生態系、そこで生きる人々の生活、地域のつながりがあってはじめて成立する。これは文化そのものでしょう。他にも様々な文化伝統が残り、根付いています」 。佐渡に滞在中、「日野公忌奉納能」を日蓮宗妙宣寺(同市阿仏房)で観た。鎌倉幕府によって佐渡へ流されて処刑された後醍醐天皇側近の公卿、日野資朝の墓を守る古刹で、毎年の命日に住民の能楽会が本堂で能を上演する。居雑子、仕舞、狂言と能「胡蝶」が美しく演じられ、詰めかけた観客を魅了した。出演者は公演後、住民の顔に戻って和やかに語らっていた。世阿弥ゆかりの佐渡の能は、江戸初期、金山の島を直轄する幕府の佐渡奉行、大久保長安が住民に奨励し、最盛時に島内に2百カ所、今も各地域に35カ所残り、「民衆能」を根付かせている。

真野能楽会の住民らが寺の本堂で演じた恒例の日野公忌奉納能。詰めかけた観客を魅了した=2026年7月4日、佐渡市阿仏坊の妙宣寺
鬼太鼓が家々を回る
本間さんが感銘を受けたのが「鬼太鼓(おんでこ)」だ(『Ikki』1号に特集記事)。島の120余りの集落で春祭り、秋祭りに、鬼の面の踊り手、笛、太鼓の一座が家々を巡って魔や災厄を払い、豊作と安寧を招く。「集落ごとに舞い方が多彩で、子どもたちは鬼役をヒーローへの憧れの目で見守る。どの集落も一つになって生き続け、受け継いでいる。高齢化と担い手の問題もあるが、移住者が鬼を演じる集落もあります」。本間さんはそこに、佐渡の人々の暮らしと文化の多様性、トキが共生する島の豊かさを感じるという。『Ikki』3号で本間さんが取り上げるテーマは「移住者」。本間さんは「追われる仕事でなく、佐渡の住民から学んでいる『遊び』の心境でやれたらいい」 と話している。
ぜひ一度、『Ikki』を手に佐渡を旅してほしい。『Ikki』1、2号は定価1500円。注文は溟北社のホームページから。溟北舎 | 佐渡の地域情報誌「ikki」発行中

日本海に浮かぶ佐渡島。対岸は新潟市で、高速船(所要時間67分)で結ばれている=Google Earthより

















