政治

原発災害を自分たちで歴史にする 福島「おれたちの伝承館」

東日本大震災で福島県は津波+放射能という複合災害に見舞われた。今なお濃厚に影響し続けているのは放射能汚染だ。汚染の原点は国県が積極推進した原子力政策にほかならない。そこにこそ目を当てるべきなのに、国や県は目を背けているのではないか。自分たちに都合のいい歴史を作ろうとしているのではないか。そう考えた人たちが住民目線の「伝承館」を作った。名付けて「おれたちの伝承館」。(依光隆明)

福島県中央部。福島第一原発は双葉町と大熊町にまたがっている=Google Earthより

今も2万3千人が避難

2011(平成23)年3月11日の東日本大震災は3段階に区分できる。午後2時46分の地震、その30分後から襲来した津波、さらにその日の夕刻から深刻化する福島第一原発の放射能汚染。地震と津波は直後から復興が始まるが、放射能汚染は今も継続している。つまり復興という掛け声に心動かぬ人が福島には大勢いる。山の幸に恵まれた里山には「立入禁止」の札が立ち、広場や道路には放射線値の表示機器。なにより避難している人の数も半端ない。福島県のデータによると、2025(令和7)年11月1日時点で避難者数は2万3701人。高知県でいえば室戸市と安芸市を足した(両市で2万5312人=2024年10月1日時点)くらいの人が15年後の今も避難を続けている。

中筋純さん。東京に自宅があるが、現在は「9割をこっち(南相馬市)で過ごしている」と話す=「おれたちの伝承館」

きっかけは国県の「伝承館」

「おれたちの伝承館」は福島第一原発の北、南相馬市にある。オープンしたのは2023(令和5)7月12日。特徴は、アート(芸術表現)で記憶をつなごうとしていることだ。館長の中筋純さん(59)は和歌山市の出身。東京でファッション誌のカメラマンをする傍ら、2007年からチェルノブイリ(ウクライナ)に通って放射能汚染下の人々を写真に収めていた。東日本大震災後に福島へ拠点を移したが、そこで感じたのは違和感だった。たとえば教育現場では原発事故がタブーになっている。原発事故の歴史が意識的に断絶されようとしている。ウクライナで見た「伝承」とは違う、と。

問題意識が行動へとつながったきっかけは、国、県が「東日本大震災・原子力災害伝承館」を作ろうとしたことだ。建設地は福島第一原発のある双葉町。「(歴史の伝承へ)国が動き出した。穴だらけの伝承になるだろうと予想できた」と中筋さんは振り返る。県立の巨大な「東日本大震災・原子力災害伝承館」がオープンしたのは2020(令和2)年9月。予想通りの展示内容だった。南相馬の人たちの協力を得て、2年10カ月後に「おれたちの伝承館」をオープンさせた。福島第一原発から北北西に約16㌔、南相馬市小高区のJR常磐線小高駅にほど近い場所にある。

「命 煌めき」の一部。天井から来館者を見下ろしている=「おれたちの伝承館」

悲しみや恨みがこもる生の文字

行政が造るような凝った永久建築物ではない。文字通り空き倉庫に手を入れただけの建物だが、こもる熱量は高い。館内に入った途端、7㍍×5㍍の天井絵が目に入る。1977年生まれの画家、山内若菜さんの「命 煌めき」だ。原発事故によって殺処分された動物をテーマに描かれた。掲示された山内さんの文章にはこう書かれている。

〈善の顔をした悪魔は、正義の名の下に戦争を始めたり、原発を動かし事故があればなかったかのようにする。だが、どんな戦争も絶対悪であり、原発のように人道を脅かす存在には声をあげ、わかりやすく描き、絵で大騒ぎするのが、表現の中で最も大切なことのように思う〉

〈正義や平和な世界とは、お金より命であり、多様性や個性を尊重する、あらゆる命への共鳴と思いやりがあふれる世界ではなかったのか。放射能汚染で人間と自然と社会関係を変えたこんな世界は悪だ。この世界を変えたい―。白いヘドを吐いて死んだ馬に自分の思いを込めて、「命 煌めき」を創作した〉

今野洋一さんが家の窓に貼っていた紙。悲鳴のような筆文字が並ぶ=「おれたちの伝承館」

「東電セシウム観光」の悲哀

壁の何カ所かでは筆文字が存在感を放っている。「今日も暮れゆく仮設の村で 友もつらかろ せつなかろ いつか帰る日を想い」「放射能体験ツアー大募集中 東電セシウム観光」など、黄ばんだ紙に悲しみや恨みの伝わる文言がたくさん並ぶ。添えられた説明文によると、筆者は浪江町津島に住んでいた今野洋一さん。避難した直後から外界に向けて自宅の窓に貼り、一時帰宅したときに貼り足していた。帰還困難区域内だったその自宅はのちに解体され、今野さんは避難先で亡くなった。今野さんの思いを伝えようと、貼り紙は「伝承館」が譲り受けた。

地を埋めるフレコンバッグに三原由起子さんの文章を載せたアート=「おれたちの伝承館」

ふるさとが 真っ黒な 袋の中

アートを切り口としているだけに、「伝承館」にはさまざまな表現が集積している。放射線汚染土を詰めた黒いフレコンバッグの山を撮った写真には、白字で短歌を書き入れていた。歌の主は1979年生まれの歌人、三原由起子さん。「ふるさとは 小分けにされて 真っ黒な 袋の中で 燃やされるのを待つ」「水平線が わたくしたちの 水平線が 侵されてゆく 真っ黒になる」。事故前の美しい風景に墨で点々と汚れをつけた写真もある。

さまざまな表現が、福島の過去と今を交差させる。館内の一画には図書室があり、寄贈された原発関連書籍500冊が並んでいる。自由に読むことができる。

双葉町の象徴でもあった大看板「原子力明るい未来のエネルギー」の「未来」を持ってきた=「おれたちの伝承館」

「未来」だけが外れなかった

場になじんだ存在感を発しているのは「未来」という古ぼけた看板だ。この看板はかつて原発が立地する双葉町の象徴だった。1987年に公募されたキャッチコピーの中で、最も秀逸だったのが小学6年生の大沼勇治さんが作った「原子力明るい未来のエネルギー」。このコピーは横長の大看板となり、町の中心部で抜きんでた存在感を放っていた。いわば原子力政策を誇る町の象徴だった。

看板の撤去が始まったのは原発事故から3年9カ月後の2015年12月21日。「伝承館」館長の中筋さんは、歴史を目に焼き付ける思いで現場に行った。「原子力明るい」「のエネルギー」は簡単に外された。ところが「未」と「来」だけがどうしても外れない。「『未来』だけが取れなくて、その2つの文字だけが残っていました」と中筋さん。張り付いて取れなかった時間は約5分。「未来」だけがへばりついていたそのシーンが中筋さんの脳裏に焼き付いた。

外したあとの看板は、のちにできた県立「東日本大震災・原子力災害伝承館」で保存した。劣化が激しいため文字盤だけを収蔵庫に保管し、看板本体は2025(令和7)年3月に壊されることに。駆けつけた中筋さんたちの前で、看板は「重機でザクザク壊され、パッカー車(圧縮式ゴミ収集車)に収容されました」(中筋さん)。

「未来」を載せた看板もそのときに壊され、パッカー車で産廃処理場に運ばれた。「おれたちの伝承館」にある「未来」は本物そっくりにアートとして作られたものだ。役所の幹部が館を訪れたとき、そこに掲げられた「未来」の看板を見てひどく驚いていた、と中筋さんは笑う。お役人が消したい歴史と、それをアートとして伝承しようと試みるアーティスト。意識の落差を「未来」の看板が象徴している。

本物そっくりに作られ、バリケードの前に立てかけられた「この先 帰還困難区域」の看板=「おれたちの伝承館」

「通行止め」看板もアートに

館内にはもう一つ、「この先 帰還困難区域につき 通行止め」の看板がある。一隅に設けられたバリケードに立てかけてあるのだが、これもアートだ。年月が経つにつれ、そして復興の掛け声が大きくなるにつれ、「帰還困難区域につき通行止め」の看板は少なくなっている。復興にこの看板は邪魔だ、放射能の減衰いかんにかかわりなくこの看板を一刻も早くなくしたい、と国や県は思っていることだろう。しかしアートとしての看板がお役所の思惑で消えることはない。

放射能測定センター「とどけ鳥」のセンター長、白髭幸雄さん=放射能測定センター「とどけ鳥」

無料放射能測定室を併設

「伝承館」には民間の放射能測定センターも併設している。センターの名は「とどけ鳥」。「『おれ伝』測定室」とも呼ぶ。寄贈された測定器具を使って2016年から南相馬市内で食品などに含まれる放射能の無料測定を続け、「おれたちの伝承館」のオープンを機に同じ敷地内に引っ越してきた。センター長は30年にわたって福島第一原発で作業員として働いた白髭幸雄さん(75)。さまざまな食品に含まれる放射能を調べているほか、福島県内高汚染地域の「放射線量率マップ」を毎年更新し続けている。マップは地表1㍍を道路上と道路外で測定。それを見ると、帰還困難区域解除目安となる年間20㍉シーベルトを超えているエリアが福島第一原発のある双葉町、大熊町から北西方向に延びていることが分かる。

「とどけ鳥」が測定・制作した2025年度放射線量率マップ(地表1メートル道路外)。福島第一原発は右下の隅にある。「放射線管理区域」ほどの線量がある黄色、澄色、赤色の場所が原発から北西に延びている

線量と向き合って生きる

ちなみに平常時における一般人の被ばく限度は年間1㍉シーベルト(医療被ばくや自然放射線を除く)で、放射線業務に従事する人の限度は「5年間で100ミリシーベルト(平均年20㍉シーベルト)。病院や工場、研究施設で年間約5.2㍉シーベルトを超える場所は「放射線管理区域」とされる。

「とどけ鳥」のマップは年間放射線量が20㍉シーベルトを超える場所を赤、5.3㍉シーベルトから10.5㍉シーベルトの場所を黄色で表している。「放射線管理区域」のラインを超えるエリアはまだまだ広い。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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