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ドキュメント危機管理 山梨県庁×新型コロナ①初動は極めて速かった

世界が新型コロナウイルスの脅威に戦慄した2020(令和2)年、ノンフィクション作家の七尾和晃さん(関東在住)が山梨県知事の政策顧問として同県の危機管理を担った。欧米でのフィールドワークも踏まえ、七尾さんは正確な情報公開を軸とする感染対策の構築を目指していく。かなめの一つは市民に情報発信するマスコミとの関係だったのだが、そこが意外な隘路となった。取材者の側にも足場を置くだけに、七尾さんの視線は県庁職員にはない奥行きがある。七尾さんが山梨県の政策立案にかかわったのは2022年の春まで。県庁中枢で体験した山梨県の情報発信ならびにマスコミの反応について、七尾さん自身のリポートで再現する。

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2020年当時、私は山梨県知事の政策顧問および山梨県の臨時特別顧問として山梨県における患者発生に備えた対応準備に携わる機会を得た。現在、国や山梨県においても、南海トラフ地震及び富士山噴火などの大規模災害の発生を念頭に対策準備が進められている。感染症対応にとどまらず、大規模災害発生時における報道と行政との、国民への発信・受信の「あるべき意識の醸成と共有」は、やはり平時にこそ議論を深耕すべきものではないだろうか。新型コロナ感染症発生初期における行政現場内部からの情報開示及び発信の体験を踏まえ、「次の発生」に生かすべきものを考えてみたい。(七尾和晃)

「山梨県の新型コロナ対応の検証・記録業務に関する報告書」

すべてのメモを公的資料と位置づけ

まず前提として、山梨県における感染症の経過と対応については2022(令和4)年12月に読売調査研究機構による「山梨県の新型コロナ対応の検証・記録業務に関する報告書」がまとめられている。私が以下に記す内容は、同報告書が言及しない、より具体的な状況・機微ということになる。(同報告書全文は山梨県HPからも閲覧可能https://www.pref.yamanashi.jp/seisaku/corona_verifi/report.html)

なお、山梨県においては長崎幸太郎知事(2019年就任)によって、2020年の新型コロナ感染症発生初期に「いずれ検証作業を行い、行政経験としてのちの施策に資するためにも、職員にあっては対応におけるメモ一枚とてすべてをダンボールに詰めて残すべきである」との指示が総務部長宛になされている。加えて、公務時間中に行われた作業においては、いかに私物(手帳等)への書き込みであっても、私的なものは一切発生し得ないとの方針が明確化されてもいた。

知られている通り、米国ではホワイトハウスにおける伝達メモ一枚に至るまで、何十年を経ても整理・保存されている。そうした実例や史料を県庁職員らに示しつつ理解を得ることに努めた時期もあった。また、ハンセン病における歴史的経緯の反省等を踏まえ、患者目線での療養環境の構築と患者の社会復帰という観点から、知事自らが「感染は罪ではない」との規範認識を繰り返し発出し、人権保護と差別排除には妥協なく徹底対応するように努めていた。

以下の内容は、こうした方針のもとで記録していたメモ等に基づく記録と体験ということになる。

米・コネチカット州の公園にあったワクチン接種のポップアップステーション=2021年夏、七尾和晃撮影

「医学的見地」と「積極情報開示」

「最初の患者発生前」の対応初動でまず打ち出したのは、「患者情報等の情報開示・情報発信のあり方」についてである。

当初、県内保健所や医療健康分野における人事配置を俯瞰するなかで、幸いにも、厚労省疾病対策課長および重症急性呼吸器症候群(SARS)発生時に成田空港の検疫所長を務めていた医師が県内の保健所長に着任していることが確認できた。そのため、同医師に知事補佐官就任を打診し、県庁内の状況判断過程により近い場所での業務遂行を任せることになる。何よりも経験値のある現場対応者が、行政の意思・判断の現場には必要となるとの知事判断であった。

同時に、患者発生を見越して次の基本原則(以下、原則)を確立・設定・公表している。すなわち、県民、報道機関への情報開示・提供にあたっては、

①感染拡大防止の観点から、医学的・専門的見地によって発信情報の範囲を判断②状況が必要とする場合は、時に国の方針よりもさらに踏み込んだ情報開示も検討、の2点を原則とした。

知事方針として、県内患者の発生「前」時点から対応後期に至るまで、「医学的判断は事務方が行うのではなく、あくまでも医学的見地からの、専門家による判断を最優先とする」ことの一貫性の完遂に努めた。その趣旨は、知事室外での各対応現場に「判断と行動、対処にあたり、一貫性と明瞭性を意識・認識してもらう」ために他ならない。同時に、行政現場での「情報処理や状況判断の恣意性」を極力排除し、判断の透明性を明示的に確保したいという目的もあった。現場による情報収集から知事による会見発表までの全過程においてそこが担保されなければ、行政による発信内容そのものに対する信頼性の根幹が揺らいでしまう。そう考えたからである。

また、都市圏の生活実態よりもきめ細かい、互いの表情の見える距離での生活圏を形成している山梨にあっては、都市圏のように隣人同士の匿名性が保たれることが難しいのが実際だ。そこで、「濃厚接触者や患者の人権配慮と社会復帰」を行政としていかに担保し、主導できるかという視点を、事務方の「最も留意すべき顧慮要件」として知事室内外で繰り返し申し合わせていた。

つまり、感染症の発生対処に向けた準備段階では、検査や医療受診体制といったソフト・ハード両面での整備と並行し、あるいは前置させるかたちで、行政による「発信情報の信頼性と判断過程の一貫性・透明性」をいかに維持しうるのか、県民や報道機関に明示すべきという観点での対応設定に努めていたことになる。

行政現場による恣意的な情報操作があってはならない。また、恣意的だと誤解されることがもたらす社会不安をいかに抑制しうるのか。その不安要素の率先した排除努力を、県民、関係人口、来訪者に向けていかに明確に示せるか。ここが、新型コロナ感染症の感染拡大後に膨らむであろう、住民・生活不安に対する事前措置として必要なことだと、知事以下、努めて認識を更新し続けた。

そのための基本原則が前述の2点ということになる。

山梨県の位置関係。六つの都県に囲まれている

山梨県政記者クラブと勉強会

この情報開示・発信原則を内定すると同時に、山梨県政記者クラブに声をかけ、知事自らが方針を説明すると同時に、報道側からの要望や意見も反映させられるよう、オンレコでの対話型の勉強会を2020年2月3日に行った。日本で最初の新型コロナ感染者の確認は2020年1月15日で、2月3日時点での山梨県内の感染者は未確認である。国が専門家会議を発足させたのは2月14日。県内患者の発生前の、極めて早い段階で報道側との対話型の勉強会を実施したことになる。

その後、山梨県としては2月26日、県HPで感染疑い事例の検査数について公表を開始。県内最初の患者が療養を開始したのは3月6日。2日後の3月8日、感染者の感染ルートの早期特定を行うため、知事直轄のタスクフォース「感染症対策特別チーム」を設置した。

最初の患者発生前にあらかじめ「基本原則」を発信したのは、情報開示・発信のプロセスと顧慮条件を予め報道側に理解してもらうことで、「行政による発信」と「報道側による発表内容の受信」の感度・感覚が、決定的にすれ違うことがないように、まずは理解深度を確保したいとの趣旨からであった。

2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群)発生時の厚労省や感染研の対応と、NIH(米国国立衛生研究所)やCDC(アメリカ疾病予防管理センター)との情報流通の実態を振り返った時、日本における未知の状況への対応は常に二次情報による対応・対処となることが確信できた。つまり、「後手」が日本の行政当局の常々であることを踏まえ、「先手対応」を情報整理と行政判断の過程にも反映させなければならないと知事室内では判断した。

そのため行政としては、県民への情報発信の最前線である報道側と齟齬が生まれる余地を最小限にする努力が必要となる。少なくとも記者クラブ加盟社の現場記者との間では、行政側において後退的な姿勢と受け取られかねない点を、あらかじめ改善・改良しておきたいと考えていた。

ところがこうした趣旨が理解され、機能したとはいえなかった。少なくとも、こちらの趣旨に対する理解という点で多くの困難を感じることになる。(つづく)

(C)News Kochi(ニュース高知)

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