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高知裏面史 西岡寅八郎メモワール③「県のボスだった」

2021(令和3)年3月、免責(支払い義務解除)を判断する裁判官の審尋(しんじん。事実関係の問い合わせ)に対する西岡寅八郎さんの回答文を続ける。あて先は「高知地方裁判所民事部7係御中」で、日付は「令和3年3月26日」。回答者が「破産者 西岡寅八郎」となっている。(依光隆明)

高知地裁の裁判官から西岡寅八郎さんに送られてきた2021(令和3)年3月の審尋書。このあとに質問が並ぶ。事件番号に見る通り、西岡さんを免責しないまま2016(平成28)年から延々破産手続きが続いていた

「全員が聞いていました」

西岡寅八郎さん(90)は、土佐電気鉄道(土電)と四国銀行が結ぶ約定書(手形取引保証約定書)に連帯保証の判を押したことが「形式的だった」と主張する。そのことは四国銀行の相談役、浜田耕一氏が招集した2009(平成21)年3月の会合でも持ち出した、と。新旧高知県知事と高知新聞社長、土電社長らを集めた城西館での会合のことだ。「なぜ連帯保証債務を実質的に負担させないことを書面に書き残さなかったのか」と審尋した裁判官は、続いて「会議の出席者は、破産者と債権者四国銀行相談役のやり取りを聞いていたか」と問う。西岡さんは〈個室会食場で会食していたときの話ですので、出席者全員が聞いていました〉と回答している。

以下、次のような質問と回答が続く。

采配に問題はなし

――債権者四国銀行の元頭取にすぎない濱田(浜田)が、いかなる権限に基づいて、破産者に保証債務を実質的に負担させない旨の発言をしたと認識していたか。

〈濱田氏は、四国銀行の頭取だけではなく、県の公安委員長を務めたこともあるほか、県で何か事業をするとなればいつもそのトップないし重要なポストについており、濱田氏の一言で、知事を含め県の実力者が集まるような人で、当時の高知県の実質的な采配者(ボス)でした。濱田氏の存命中に濱田氏の采配で問題が生じたことなど全然なかったため、私は、保証債務の負担などはまったく心配しなくていいと思っていました〉

――会議において、濱田が、「平成25年(2013年)から平成26年頃、国から地方公共交通に補助金が出る、その後、会社更生法により公的整理を行うから、それまで代表取締役会長をやってほしい」と述べたというが、破産者(西岡さんのこと)は、本件会社(土電)が補助金を必要とする理由は何と認識していたか。

〈本件会社は地域交通機関の会社で事業収支単独では慢性的に赤字であり、県や国からの補助金がないと運営が成り立たないと認識していましたが、私は実務に従事していないため、詳細までは分かりません〉

――本件会社が「会社更生法による公的整理」を行う理由は何と認識していたか。

〈本件会社には巨額の債務があり、四国銀行に本件会社には公的整理が必要であると言われましたので、そのように認識していました〉

審尋に対する西岡寅八郎さんの回答文。これは「出席者全員が聞いていた」のくだり

「少ないけんど3000万」

――本件会社が「会社更生法による公的整理」を行うとき、破産者の負う保証債務はどのようになると認識していたか。

〈私は、濱田氏から、公的整理を行う前に本件会社を退職して連帯保証人から外れる、それまでの労に報いるため最低3000万円の退職慰労金を出す、と言われていましたので、保証債務の負担が生じることになるなどとは全く頭にありませんでした〉

これには注釈がいる。3000万円を出すのは四国銀行であり、その話は城西館での会合でも浜田耕一氏が口にした、と西岡さんは説明する。「浜田耕一さんが『少ないけんど3000万、最低でも3000万もろうたらええわや』と言うたがです。それを四国銀行が出すと。僕は笑いながら『規定通りやったら1億ですよ』と言うた。もちろん冗談で」。西岡さんは1983(昭和58)年から土電の代表取締役を務めている。土電の規定通りなら退職慰労金は1億円に達するかもしれないが、公的整理になれば全く支払われない可能性もある。それを踏まえて「四国銀行が3000万円出す」と言っているのだと西岡さんは受け止めていた。

おそらく多くの人の感覚と西岡さんの感覚がずれているのが、代表取締役会長として西岡さんが受け取っていた報酬だ。長年にわたり土電を食い物にして高額報酬を受け取ったと想像する人もいるが、西岡さんはそこに強く反論する。「報酬は月に30万円。そんなもん交際費で消えよった」と。西岡さんにすれば少ない報酬で連帯保証人となり、知事や高知市長、大株主ら土電をめぐる人間関係を円滑につなぎ、開拓し、体調を崩すほど土電のために働いたという自負がある。

西岡さんは県議会議員を42年、土電の代表取締役会長を30年務めた。「30年間は土電と県議会のことばっかりやった(仕事した)ですからねえ、体を悪うするまで。経営が改善して単年度黒字を出すようになった土電を、まさか潰すとは夢にも思わんかった」と首を振る。

皮膚がんと診断される

連帯保証の判を押したことによって、四国銀行が西岡さんに支払いを催告した額は8億4000万円。催告書の日付は2014(平成26)年10月1日だが、西岡さんが知ったのは「だいぶあとになってから」だった。のちのち触れる「暴力団問題」で西岡さんは混乱の極に放り込まれていた。「暴力団問題」で新聞にたたかれ始めたのは2013(平成25)年の3月。もともと体調が悪かったこともあり、県内外の病院に次々入院する。2013年の秋ごろ、埼玉の病院に入院しているときだった。その病院が顔のほくろ(黒子)を皮膚がんだと診断する。夜9時、高知大医学部の主治医から電話がかかってきた。そこで皮膚がんを知らされ、「顔の半分を切らないかん。高知に帰ってきなさい」と言われる。余命は限られているので財産整理をしなさい、とも助言された。医師をしている甥に連絡して東京の慈恵会医科大学病院に入院、すぐに顔の数カ所を手術した。幸い悪性ではなく、命拾いをする。いったん埼玉の病院に戻ったあと、東京の国際医療福祉大学三田病院で背中を手術。そのあと三つの病院を転々とし、最後は兵庫県内の病院に落ち着いた。「完全に糖尿病になっていました。ストレスです」

内容証明郵便で東京の弁護士事務所に届いた催告書。1年半前に土電を辞めた西岡寅八郎さんに対し、連帯保証した旧土電の債務8億3949万5000円を支払うよう求めていた

免責がもらえないまま…

そんなさなかに催告書が送られたのだが、配達証明付き郵便で届いた先は最初に相談した東京の弁護士事務所だった。その弁護士名で2014(平成26)年9月に一度だけ四国銀行に文書を送った関係だったと思われる。すでに西岡さんは委任する弁護士を代えていたため、一時的に催告書が宙に浮いていたらしい。弁護士を代えたのは、四国銀行が裏切るはずがないと信じていたからだ。西岡さんが言う。「最初、東京の真ん中で事務所を開く知り合いの弁護士に相談したんです。『引き受けよう。こんなの簡単や』と言われたんですが、四国銀行とは争いたくなかった。話せば分かってもらえる、簡単に済むと思っていましたから。『だまされるぞ、銀行くらいだますところはないぞ』とその弁護士に言われましたが、高知に帰って、知り合いに紹介された高知の弁護士に委任しました」

西岡さんは「それが失敗やった」と何度も口にする。気がついたら破産宣告を受け、反論の余地もないまま財産のリストアップを求められた。財産隠しがあるのではないかと四国銀行に追及され、何年たっても免責の話には行きつかない。糖尿病に加えて足や腰、体のあちこちが痛む中、年齢は90歳になろうとしていた。

「浜田耕一さんとはざっくばらんな関係でしたから、四国銀行とはケンカしとうないと思いよったがです。それで高知へ帰ってきたら、なんかストーリーに乗せられて。弁護士に『裁判所に行ったらものを言わんとってくれ、私が言います』と言われ、裁判所に行ったら破産宣告です。もうそのときはノイローゼみたいになって、判断力なかったです」

四国銀行本店のプレート(高知市南はりまや町1丁目)

「まだやっていたんですか!」

強制破産(債権者申し立て破産)による破産手続きもショックだったが、免責をもらえないことが西岡さんの心身を強烈に痛めつけた。免責がない限り支払い義務は消えない。経済的な欠乏はもちろん移動の自由も通信の自由もない。年利14%の延滞金も増え続ける。精神的に追い詰められていった。「四国銀行は私に免責を取らすつもりは全くなかったんですよ」と憤りを明かす。「四国銀行の弁護士は裁判所で『とことん引っ張ります』『絶対終わらさん』と言っていました。それははっきり覚えています」とも。何年たっても免責が取れないので、西岡さんは恥を忍んで当初頼んだ東京の弁護士に頭を下げた。「まだやっていたんですか!」と驚いた弁護士は、受任して2年目の2024(令和6)年に免責を取ってくれた。「やっと免責をもらえて、高知に帰って、改めて四国銀行に腹が立ってきた」と西岡さんは言う。

西岡さんは四国銀行を信じていた。四国銀行とは父親の時代からつながりがあった。四国銀行が東京支店を出したいと言ったとき、汗をかいて土地を世話したのは父親だった。四国銀行は「身内」だという思いがあった。

「四国銀行とは争いたくないという甘い気持ちがあったんですわ。甘かった。まさか裏切られるなんて夢にも思わなかった。こればあ四国銀行を世話してきて、こんなことするかやという思いです」

なぜそこまで四国銀行を信頼していたのか。土電と四国銀行、西岡さんをめぐる半世紀前の行きがかりへと筆を進めたい。(つづく)

(C)News Kochi(ニュース高知)

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