“仁淀ブルー”で売り出し中の高知県仁淀川に観光スポットとなった沈下橋がある。仁淀川に架かる7つの沈下橋の中で最も高知市に近く、最も長い「名越屋(なごや)沈下橋」。住民の悲願で造られた橋だが、自然と溶け込んだその美しさ、空気感で人気急上昇。ところが住民側からは怒りにも似た悲鳴が上がっている。(依光隆明)

名越屋沈下橋。休日には大勢の観光客が訪れる
川面と風、絶妙の空気感
9月の連休、名越屋沈下橋には観光客がたくさん集まっていた。橋のたもとに車を止め、ゆっくりと沈下橋を歩く。共通項は笑顔だ。若い人たちのグループが橋の中央で記念撮影をし、四つある待避所に座り込んで足をぶらぶらさせるグループもいる。息子夫婦に車いすを押してもらう徳島のご婦人は「まあ、魚が見える」とにっこり。名越屋という地名の由来は「流れが静かでなごやか」という説があるらしい。その通り、橋から顔を出せばすぐ下をゆったりと清流が流れている。川を渡る風がほほをなでる。心地よい。
仁淀川周辺を舞台にしたアニメ『竜とそばかすの姫』が配給されたのは2021年7月。仁淀川とその沈下橋は聖地のひとつとなった(モデルとなった橋は上流の浅尾沈下橋)。高知市から近いこともあり、高知県観光に欠かせぬスポットになりつつあるのだが…。この橋にはもう一つの歴史がある。住民悲願の生活橋という側面だ。

日高村名越屋といの町勝賀瀬を結ぶ名越屋沈下橋。かつては地区民が渡し舟を出していた
渡し舟の“陸の孤島”
名越屋沈下橋は日高村の村道として55年前の1971(昭和46)年10月に完成した。その年3月の高知新聞にはこんな見出しが躍っている。「“陸の孤島”返上へ 念願の沈下橋起工式 日高村名越屋」。記事にはこう書かれている。
〈(名越屋地区などは)仁淀川を隔てて国道194号線沿線の伊野町神谷、鹿敷、勝賀瀬などと向き合っている。ところが両町村を結ぶ橋は国道33号線の仁淀川橋と、それから約十二㌔上流の柳瀬沈下橋の二つしかないため、すぐ目の前にある対岸へ行くのに十キロ以上も遠回りしなければならず不便な思いをしている。(中略)地区民は仕方なく共同で渡し舟を作ったが、それも最近はジャリ採取が激しいためか、流れが速くなり、ちょっと増水すればあぶなくて利用出来ない〉
なんとか橋を、と陳情に陳情を重ねてできたのが名越屋沈下橋だった。記事によると幅員3㍍で、長さ191㍍。総事業費3250万円のうち150万円は名越屋地区の人たちが寄付したことが書かれている。まさに住民悲願の橋だった。

「高架橋の建設困難」と報じる高知新聞=2012年3月14日朝刊
迷惑施設を受け入れたのに…
もともと住民は沈下橋がほしかったわけではない。対岸に渡る必要があったから共同で渡し舟をつくり、使っていた。そうやって対岸との往来を維持しながら陳情を繰り返し、やっとかけてもらったのが安価な沈下橋だったのだ。沈下橋は危ない橋でもある。狭いし欄干がない。夜は暗い。増水時は水に沈む。濁流が橋の上を越流し始めたときに通行していたら車も人も流される。生活道にするのなら高架橋がいいに決まっている。高知新聞を見ると、1998年からの9年間に転落事故が9件発生、4人が亡くなっている。住民にとって、次の悲願は沈下橋を高架橋にかけ替えてもらうことだった。
そのチャンスがあった。名越屋地区の上流に県の産業廃棄物最終処分場「エコサイクルセンター」が建設されたときだ。立地場所に行き詰まった県を助けたのが日高村だった。受け入れの条件の一つとして県が約束したのが名越屋沈下橋を高架橋にしてかけ替えること。新聞報道をたどると、当時の橋本大二郎知事は名越屋地区まで足を運んで住民に橋の建設を表明している。2011年10月にエコサイクルセンターができたとき、高架橋もできると住民は信じていた。ところが県も村当局も、この約束をほごにした。当然、住民は怒った。

なごやかな流れに延びる名越屋沈下橋。子どもからお年寄りまで多くの人たちが訪れている
「無法地帯のようだ」
観光客が橋を見る目と、住民が橋を見る目。県にだまされたこともあって、二つはうまく交差していない。県が観光スポットとして持ち上げれば持ち上げるほど地元の人には複雑な感情が増す。特に懸念しているのが事故だ。「橋の上で県外ナンバーの車と行き合い、地元車両がバックすることも多い」という声や、「橋の真ん中で記念撮影したり橋の端で座ったり、観光客のマナーが悪い。橋から落ちたらと心配」「テレビ番組が飛ばすドローンが橋を走行中の車両に接触しそうになった。無法地帯のようだ」という声も。
住民の不満は徐々に高まっていて、「連休中になると橋を観光客が占拠している感じ。住民の中には上流の高架橋を使う人もいる」「住民の中には沈下橋の歩行を禁じたらという声もある。極論ではあるが、それだけ住民の不満は高まっている」などの声も出ている。住民が感じているのは行政の動きが鈍いこと。ある住民は「行政は『仁淀ブルー』や『竜とそばかすの姫』のブームに乗じるだけ。住民への影響を想像したり、住民の声に耳を傾けたり、現状把握に努めるという行動を起こさなかったのも事実だと思う」。
住民の一人は「観光客の楽しそうな表情に癒されることも多い。だからこそ観光客と住民それぞれが気持ちよく通れる橋であってほしい。観光客に注文を付けるというより、行政のアクションを望む」と話している。

















