2020年2月3日、山梨県は山梨県政記者クラブの加盟社との意思疎通を密にしようとして新型コロナウイルスの勉強会を開く。この日は横浜港にクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」が入港、新型コロナウイルス感染症の大量報道がスタートした日でもある。全国的に見ても山梨県の立ち上がりは速かったのだが…。記者クラブ側の要望と県庁の思惑とは食い違っていた。当時、山梨県知事の政策顧問を務めていたノンフィクション作家、七尾和晃さんのリポートを続ける。
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濃厚接触者や患者情報の開示にあたって、記者会見のたびに濃厚接触者や患者の行動履歴について「より仔細で、個人の属性に踏み込んだ情報提供」の要請が報道側から上がり、時に会見後の押し問答が繰り返される事態が発生するようになっていく。報道側の感情が昂った折には、不祥事会見さながらの指弾・追及のような緊迫した「会見後状況」にも直面した。(七尾和晃)

2020年2月3日に横浜港に入った「ダイヤモンド・プリンセス」号の新型コロナ感染症患者24人を山梨県は受け入れた=「山梨県の新型コロナ対応の検証・記録業務に関する報告書」より
水面下で報道協定も模索
基本原則(「医学的・専門的見地に基づく情報発信」と「状況に応じて踏み込んだ情報開示」)に基づく情報発信については、開示範囲の判断に関わった当事者であり医師である知事補佐官が会見に臨席し、患者の行動履歴を含め、専門家自身の言葉で発信してもらうことにも努めた。現場心証と判断根拠は、専門家自身であり、当事者によって説明してもらうことが、情報を受け取る県民、国民にとってもっとも説得力があるとの考えに基づく。
ただ、患者や濃厚接触者らの属性と行動履歴の細部までを求める報道側の要請と取材姿勢は、会見場内外において極めて強かった。県庁の現場職員にあっては、感染状況への対処と同時に、取材対応へのオンオフ両局面でのストレスが強く発生し始めていた。そのため、場合によっては報道協定等、報道側と組織対応する必要や妥当性についても幹事社と水面下で模索したことも一度ならずあった。
結果として、報道側の取材動機が不規則に強くなった場合には、当該記者に背景状況の説明を丁寧に行うことで「患者の社会復帰や人権配慮、また周辺住環境への配慮」について理解と配慮を求めるという個別対応で推移することになる。地方という地縁・血縁紐帯の強固な生活社会においては匿名性の確保が難しい。取材行為そのもので「当該個人」や「当該施設」が容易に特定され、また取材者の生活環境への臨場そのものが地域の不安に直結する状況が発生していく。
行政による医療健康情報の発信もまた、報道の自由に基づく報道側の職務と責務に決定的に依存せざるを得ないのが現実だ。一方で、取材行為そのものが地域不安を時に惹起しかねないという、報道側にとっても意図せざる現実にも直面していた。災害発生時の対応を含め、発信と受信、さらに報道による取材行為を加味した上での独自の再発信をめぐる、行政現場と報道機関との、平常時からの意思疎通や互いの認識の理解がやはり極めて肝要になると感じさせられる局面が続いた。
このなかで、報道側、記者側とのやりとりにおいて繰り返し逡巡した点がある。記者個々の個性も相まって形成される報道側の情報提供要請というべきものが、本社や支局長、あるいは支局内での組織的な「新型コロナ感染症という特殊かつ大規模な社会状況に当たっての報道・取材規準」に則っているのか否か。あるいは検討そのものがあったのか否かが、現場感覚としては最後まで不明であったのだ。
記者らと対話を重ねた心証としては、濃厚接触者や患者情報について、報道にあたっての基本的な取材姿勢や取材方針のようなものが、各社・各支局の内部で現場記者らにまで共有されていると信ずるに足る心証は、私のなかでは新型コロナ感染症の終息まで醸成されるこ
とはなかった。

山梨県庁(山梨県甲府市)=Google Earthより
国民が知りたいことをどう伝えるか
昨今、報道各社における取材現場の人員削減が一段と進んでいるように見受けられる。地方にあっては支局長一人体制が増えているほか、県政担当記者も極めて限定的な取材陣容の社もある。このため、取材当事者の現場感覚が、社としての組織対応・方針とどこまで一致・合致しているのかが判然としないという認識は行政現場においては強い不安にもなっている。
行政現場から報道機関への外部目線としては、報道各社の報道方針が明確化され、あるいはあらかじめ提示され、行政側と共有されていることで、災害級の状況発生時における記者個々の「取材行動の迅速化」という要請にも寄与できるのでは、とも感じる。
また、行政側としては、開示・発信すべき情報提供のあり方について、「報道の自由」、そこと強く連繋する「国民の知る権利」、さらに、そうした報道根拠の上に派生する、知るべき内容、伝えるべき内容とは何かについて、報道側の負託や要請にさらに応えうる状況を共創しうるのではないかとも思う。
すなわち、決してどちらかにのみ都合が良いわけでもなく、かつ両者にとって不都合でも不愉快でもない、「国民が知りたいことをどう伝えられるか」という一点について、いわば双方向的な局面形成に寄与できるという可能性を、積極的に模索すべきではないだろうか。
なによりも、新型コロナ感染症対応のような広域災害級の社会状況にあっては、行政側は「まずは基礎状況を滞りなく伝えてもらいたい」、そして報道側は「伝えるべきものを選択して伝える」という点で、その取り組みは必ずしも相対・敵対するものではないはずだ。その考え方を基底として意識し、記者個々とはそうしたやりとりを個別に繰り返すことになった。(つづく)


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