財政悪化のため19年間にわたってカットされていた高知市長と副市長の給料が市特別職報酬等審議会の「附言」によって2024(令和6)年4月から満額支給に変わっていたことが分かった。財政悪化のため市長が自らの政治判断で行った給料減額に対し、市財政への責任を負わない報酬等審議会が「減額は解消するべきだ」と意見する、そんなことが可能なのか。越権行為ではないか。審議会条例を読み返すたび、疑問は浮かんで消えない(依光隆明)
19年間にわたって10∼25%減額
News Kochiは2024年末に高知市長の給料(給与のうち基本給に当たるもの)について情報公開請求を行った。きっかけはある男性の怒りの声だった。「桑名市長は選挙のときの公約には手を付けず、真っ先に自分の給料だけは上げた」と。2023年11月、6期目を目指した岡﨑誠也氏を僅差で破って市長に就いたのが桑名龍吾氏だ。これまで岡﨑氏を支援してきたこの男性は、桑名氏を懸命に応援した。少なくとも数10票単位の票を岡﨑氏から桑名氏にひっくり返した、と自負している。それだけに桑名氏を見る目は厳しい。当選直後の定例市議会で岡﨑氏が重用した弘瀬優氏を副市長に登用したときに最初の疑問を持った。その後の市政を凝視し、やがて憤りが募る。憤る材料の一つが給料のアップだった。
News Kochiが調べると、桑名氏が自らの給料を上げたという事実はなかった。ただ、19年間続けていた市長、副市長の給料カットを2024年3月末でやめていた。当選早々に給料カットをやめたのだから、すぐに給料を上げたと見る人がいても不思議はない。
高知市長と副市長の給料は2005(平成17)年から減額状態だった。市長の減額率は10%が多く(副市長は5%)、多いとき(2013年)で25%。2014(平成26)年からは10%の減額を続けていた。理由は市財政の悪化である。2005年度と06年度、2009(平成21)年度から2013(平成25)年度までは特別職だけでなく一般職も減額となっていた。たとえば2005年度は一般職全員を2~5%減額、2009年度は課長級以上を3%減額、2013年秋から半年間は若年層を除き最高5%減額――など。それだけ市財政が厳しいという判断だ。
将来負担比率は全国ワースト6位
総務省が発表した2023(令和5)年度の「地方公共団体の主要財政指標一覧」を見ると市財政の厳しさがよく分かる。
指標の一つに「将来負担比率」がある。総務省の定義では「地方公共団体の一般会計等の借入金(地方債)や将来支払っていく可能性のある負担等の現時点での残高を指標化し、将来財政を圧迫する可能性の度合いを示す指標」。要するに、将来の財政破綻の危険性を可視化したものだ。総務省は、2023年度決算数値で算出した全国1742市町村の将来負担比率を一覧表にしている。悪い方(数値が大きい方)から順に並べ替えると、なんと高知市は全国6位。財政破綻した北海道夕張市が2位で171.7。高知市は153.1で夕張に迫っている。
1742市町村の中で財政破綻の危険性が6位なんて、笑って無視できることではない。借入金返済額を指標化した実質公債費比率は1742市町村の中で93位の12.9%(2023年度決算)。借金が多いから将来負担比率も高いという構造だ。もちろん一気に借金を減らせるウルトラⅭなんてない。とりあえずやれることは歳出を削るだけ。だからこそ2005年から19年間にわたって市長、副市長は給料を(一時は一般職員の給料まで)カットしていた。
経常収支比率はワースト120位
予算の窮屈さを示す経常収支比率は1742市町村の中でワースト120位の97.9%(2023年度決算数値)。見かけの予算規模は大きくても、そのほとんどが職員給与や借金の返済、生活保護費、庁舎の維持管理などの経常的経費で消えているということだ。そうなってしまうと新たな市民サービスに手が出ない。ばかりでなく、インフラの保守・修繕にも手が回らなくなってしまう。
2024(令和6)年7月、高知市立長浜小学校の児童が市立中のプールで行われた水泳授業で溺れて亡くなったのも、長浜小のプールが故障したことが原因だった。予算が潤沢ならば故障する前に機器を交換できたのではないか、迅速に機器を交換していれば中学校のプールを使う必要はなかったのではないかという声は消えていない。
次々と「減額措置の解消を」
桑名氏が給料のカットをやめると公表した場は2024年2月27日の記者会見だった。同氏の発言によれば、給料カット見直しのきっかけとなったのはその1カ月前に開かれた報酬等審議会だ。市特別職報酬等審議会は年に1度だけ定例会を開いている。News Kochiは2024年1月25日に開かれた報酬等審議会の議事録を情報公開請求で入手した。
高知市特別職報酬等審議会の名簿は市のホームページにはアップされていない。入手した名簿には四国銀行の頭取(県銀行協会会長)や高知大学学長、高知商工会議所副会頭、県の元副部長、高知市社会福祉協議会会長(元副市長)ら10人が名を連ねていた。議事録で明らかになったのは、この日の会には7人の委員が出席したこと。定足数は3分の2(7人以上)だから、定足数ぎりぎりで成立した格好になる。委員のほか、出席したのは桑名市長、総務部副部長、人事課の課長、課長補佐、係長、主査、主事。つまり市側も7人。
議事録によると、市長あいさつのあと高知商工会議所副会頭の古谷純代委員を会長に互選。古谷会長は池澤研吉委員(連合高知会長、県労働者福祉協議会会長)に発言を促した。池澤委員は「(特別職給料の)引き上げという結論に持っていくのは少々難しいのかなという感じを持っています」と述べたあと、こう続けている。「ただ、本市は独自の減額措置もされていますが、少なくともその独自の減額措置ぐらいは、早期に解消すべきかなというふうに思っています」。これが口火となったように、佐竹新市委員(龍馬学園理事長)、吉岡章委員(元副市長)、竹内佳代委員(JA高知市女性部代表理事)、内川由加委員(元高知市職員)が次々と減額措置を解消すべきだと意見を述べた。
事務局側が論議を誘導?
注目されるのは佐竹委員の発言だ。佐竹委員は「今すぐに給料自体を上げていくというのは厳しい」と断じたあと、こう述べた。「私も池澤委員と同様に、長年この減額措置を続けてきた中で、先ほども事務局の説明の中でも全国で見ると減額措置を終了しているところがたくさん出てきているわけですので、そういった意味では今はこの辺りから(減額措置の解消から)手を付けていくことが現状ではないかなという気が私はしています」。つまり、会の冒頭に事務局が減額措置について説明したことを漏らしたのだ。「全国で見ると減額措置を終了しているところがたくさん出てきている」と。これを素直に読むと、市側が審議会の論議を減額措置という土俵に誘導していることが見て取れる。しかも減額措置をやめさせる方向に。
ところが議事録には市の説明は一切書かれていない。書かれているのは総務部副部長の谷脇氏が「審議会資料の説明」をしたという一言だけ。開示された議事録にはその「審議会資料」も添付されていなかった。事務局の説明が欠落していては正確な議事録にはならない。当然、説明の中心が減額措置解除のための誘導だった疑いは消えない。当の市長がいる席で総務部の副部長が「全国で見ると減額措置を終了しているところがたくさん出てきている」旨を説明しているのだ。総務部の副部長が独断でそのようなことを調べ、説明するはずがない。市長や副市長も知った上での、あるいは市長や副市長が指示した上での発言だった可能性はゼロではない。谷脇氏の発言は議事録から消されているため、佐竹委員の発言がなければ市民にはそのからくりが見えないままになるところだった。
減額は「あくまで市長の政治姿勢」
高知市特別職報酬等審議会条例によると、審議会が所掌するのは①議員報酬の額並びに市長及び副市長の給料の額について審議し市長に勧告すること②高知市議会政務活動費の交付に関する条例に規定する政務活動費の額について市長の求めに応じて審議し、意見を述べること――の2つ。市長自らが決めた給料の減額措置について勧告あるいは意見具申できるとはどこをどう読んでも書かれていない。
給料の額について報酬等審議会から提言を受けることと、市長が自らの給料を減額することは質が全く違う。減額は政治的・行政的観点から市長が自ら決めることであり、市財政に何の責任を負うわけでもない報酬等審議会が意見できるようなものではない。この日の審議会では、最後に意見を求められた松岡さゆり委員(元県文化生活部副部長)だけが議論の流れに乗らなかった。松岡委員はこう言った。「減額の話については、ここで正面切って議論をするような話ではなくて、あくまでも市長の政治姿勢だと思うので、私は意見を差し控えさせてもらいます。新しい市政になった訳なので、市長によく状況を見て、そこは考えてもらいたいと思います」
「附言」で減額の解消求める
松岡委員の発言のあと、古谷会長はなぜか「給料アップはまだまだ先のことだとは思うが、まずは現状維持に戻していただくことで、皆さまの総意ということでよろしいでしょうか」と振る。このとき松岡委員もうなずいたのだろうか、古谷会長は「全員一致ということで、皆様からいただいたご意見を総意ということでお願いいたします」とまとめた。
こうやってできたのが、勧告書と「附言」だった。勧告書は市長や副市長の給料月額を据え置くという内容で、これは例年通り。異様なのは「附言」だ。こう書かれている。
〈市長等の独自減額後の給料月額は、他都市と比較して低水準にあり、他都市の独自減額の見直し状況や市長等の重責を鑑みれば、新市長の姿勢として、独自減額措置の解消を求める〉
議事録を見ると、文案を作ったのは事務局を務める市人事課だった。職責ピラミッド的にはそのはるか上にいるのが市長であり、副市長にほかならない。つまり当事者たちが「減額後の給料が他都市よりも少ない」「市長の重責を考えれば減額措置の解消を求める」という附言案を作り、減額について意見を述べる立場にあるとは思われない審議会がそれを「総意」とする。条例をどう読んでも附言の位置づけは不明だが、附言を受けて桑名市長は減額の取りやめを宣言した。
所得アップは市長給料から?
高知市長の給料は月額107万5000円で、副市長は86万6000円。総務省が2023(令和5)年4月1日に発表した地方公務員給与実態調査結果によると、政令指定都市を除く全国772市長の平均月額給料は87万7556円、副市長は73万106円となっている。重責に比べて高知市長の給料が高いか安いかは判断できないが、高知市の財政が全国屈指の厳しさにあることは間違いない。財政悪化の根底にあるのは高知市民におカネが回っていないことだ。だから税収が少ないし、扶助費は高い。しかも高齢化は着実に進行している。この日の審議会で元副市長の吉岡委員は高知市民の窮状にも触れた。
「所得に至っては300万円以下の所得が高知市の15万世帯で43%もあるわけです。ということは手取りが200万∼240万以下が43%。おそらく高齢化率が30%だから、その30%は高齢者だと思います。残りの13%の方々が大変な生活をしていると思います」。そう前置きした吉岡委員は、だからこそ減額措置をやめるべきだという方向に話を進めた。「そういった中で、やはり官民のどちらかというと、官主体というような形で今までやってきているので、まずはそうした基本的なところで市の姿勢を示して、まずここを目指してスタートして、それから皆さんの生活や暮らしがしやすいように経済的な活動とか、給与所得などを全国的に上げていこうと。海外と比べると非常に日本に賃金は低いので、そういうことも含めてしっかりと取り組んでいく、そうしたスタートになるような年にしてもらいたいので、ぜひ条例通りの給料ということをお願いしたい」
論旨が理解しずらいが、要するに高知市民の所得を上げるためにも率先して市長の給料を元に戻すべきだ、ということだろう。「官主体」という中身は公務員の給与を上げることで民間も上げるという意味だと理解できる。官と民に相関関係があるとするなら、民間の所得が低ければ官の給料も相対的に低いという論理が成立する。実際はどうか。総務省が2023年4月1日時点で算出した高知市のラスパイレス指数(国家公務員の給与水準を100としたときの給与)を見てみると、98.9。全国1741市町村の中で417位だった。
減額解消自体が問題ではない
繰り返すが、市長の給料水準と減額措置とは関係がない。給料水準が高かろうと低かろうと減額すべきと市長が判断したときは減額したらいいし、減額する必要がないと判断したら減額をやめたらいい。松岡委員が「あくまでも市長の政治姿勢」と発言した通りだ。市長が代わったのだから、減額を解消すること自体に問題はない。むしろ解消しておいた方が市長のとり得る選択肢が増えるという見方もある。
市長が自らの給料を減額するのは、なにより市民へのアピールとして効果がある。名古屋市の河村たかし前市長は自身の給料を月額50万円に落とした。そうやって身を切りながら議員報酬の大幅削減などに手を付けた。大ナタを振るうとき、自らの姿勢を示す手段として給料カットという選択肢があるということだ。高知市の場合、たとえばゴミの有料化が積年の課題となっている。ゴミ袋の有料化は全国多くの市町村で実施していて、その価格は45リットル入り袋で10円弱から100円強。中間を取って「将来負担比率」全国10位の北九州市と同じ50円にすると、1回の回収時に1枚、つまり週3枚(可燃ゴミ回収2回+プラスチック回収1回)を使う家庭では年に8000円近い負担増になる。可燃物回収に1回2枚(プラスチック回収は1枚)使う家庭の負担は年1万3000円ほど。その負担を市民に求めるとき、市のトップがまずは自らの給料を減額してアピールする選択肢がある。
それを考えると、市長になった直後に前市長が続けてきた減額をリセットすること自体に問題はない。今回、違和感が消えないのは減額解消が市報酬審議会という第三者から持ち出されたことだ。審議会の議論は全体でわずか1時間であり、しかも市自らが減額解消の方向に論議を誘導した疑いすらある。その疑惑が晴れない限り、減額解消を自作自演したという懸念は消えない。市民から見ると、いかにも姑息な手段を用いたように映ってしまう。