よさこい

よみがえる物部川①寝耳に水の風力発電

高知県の中東部を流れ下る一級河川、物部川。この川に最初のダムができたのは1956(昭和31)年だった。70年たった今、川の相貌にかつての面影はない。山の荒廃に起因する著しい土砂流出と流量低下、ダムへの土砂堆積、濁水、瀬と渕の消滅、下流部の河床低下、漁業資源壊滅…。物部川漁協組合長の松浦秀俊さんは、この川を「課題先進河川」と表現する。といって嘆いてばかりではない。他に先駆けて課題が顕在化したということは、他に先駆けてよみがえる可能性もある、と松浦さんは考えている。(依光隆明)

物部川。高知県中東部を太平洋まで流れ下る=Google Earthより

180㍍×36基、規模日本一

2024(令和6)年12月、松浦さんは絶句した。物部川の上流域に大規模風力発電所ができる計画が伝わってきたのだ。「環境アセスが出て初めて知った」と振り返る。環境アセスというのは、環境影響評価手続きのこと。手続きに沿って事業者が「計画段階環境配慮書」を出したことで計画が公になった。計画地の近隣ではその前から説明会が開かれていたらしいが、松浦さんの耳には届いていなかった。意見の提出期限が12月20日と決まっていたため、漁協として急いで意見書を出した。「意見書を出したら慌てて事業者がやってきまして」と松浦さん。「そのとき、事業者に『うちの漁協は覚悟を持って反対しますので』と言いました」

松浦さんが「覚悟を持って反対する」と決意するほど大規模な計画だった。

漁協が入手した同年10月の住民説明会資料によると、事業者は徳島県阿南市にある資本金8400万円の株式会社。松浦さんが驚いたのは風力発電の規模で、高さ180メートル、ローター直径130メートルの巨大風車を最大36基並べる計画になっていた。場所は香美市と大豊町にかけて屹立する山脈状の尾根で、配布資料の地図では近隣に香美市香北町河野、猪野々、大豊町南大王、北川、柚木などの地名が見える。

風車1基の出力は4300キロワット、36基で15万4800キロワットになる。資料によると、年間発電量は約3億7000キロワットアワー(設備利用率は27.3%)。これは日本の一般家庭8万戸の電気に相当している。現時点でこれほど規模の大きな風力発電所は日本にはない。つまり日本一の規模となる。

物部川漁協の松浦秀俊組合長=香美市土佐山田町の物部川漁協

「よりによってこんなときに」

ローター直径130㍍となると、ブレード(羽根)1枚の長さは60㍍を超える。これほどの大きさのものを尾根に運ぶだけでも簡単ではない。高知新港に陸揚げし、国道195号を経由し、最後は山に道を作らなければならない。

山に道を作るためには木を切らないといけない。高さ180㍍の巨大風車を建設するときも尾根周辺の木を切る必要がある。36基も造るにはおそらく想像を超えた木が切られることになる。当然、土砂の流出が懸念される。土砂災害の危険も出る。

計画を知ったとき、松浦さんは「よりによってこんなときに」と頭を抱えた。のちのち触れるが、物部川は傷み続けてきた。よみがえらせるため、松浦さんは国や県と対話を重ねてさまざまな手を打っていた。土砂、濁水、河床低下、流量減。解決すべき問題はたくさんあった。それらの要因はダムだけではない。おそらくそれ以上の原因は山にあった。「高知の山の植林の多さは異常でしたが、何十年もたってここまで影響するとは」と松浦さん。山の荒廃はストレートに川に影響する。土砂が流れ込み、流量が不安定になる。濁水や栄養分の低下は川の生態系をゆっくりと壊していく。

松浦さんは「人工透析」という言葉で現状を表現した。川を保つために人工的な手立てを重ねているということだ。「行くところまで行った感じ」とも明かす。手立てが実るかどうか、常に緊張感を持ちながら再生を図っているのが現状だ。そんなぎりぎりのさなか、上流域に巨大風力発電ができる。物部川に死を宣告する最後の引き金になるかもしれない、と松浦さんは感じた。

高知県にある四つの一級河川=県の資料より

保水力、土砂流出への懸念

高知県に一級河川は四つあり、その中で最も物部川は短い。源流は香美市の白髪山(1770㍍)で、海までが71㌔。松浦さんが言う。「長さは短いんですが、河床勾配は全国有数です。しかも上流部には年3000ミリから4000ミリの雨が降る。だからダムができました。短い川に3つのダムがあり、最下流のダムは海から14キロしかありません。ダム下流に土砂を供給する支流がないんです」。ダムは土砂を止める。その下流に土砂を供給してくれる支流がなかったら河川の石や砂は減る一方となる。必然的に河床は低下する。

対照的に、上流部には石や砂が堆積する。山が荒れると流下する土砂も増える。山の保水力が失われて洪水も増える。洪水のたびにまた土砂が流下する。ダム湖への堆砂はダムの洪水調節機能を奪う。洪水の危険が高まる半面、山に保水力がないために平時の流量は減少する。悪循環を続ける物部川の上流に、今度は日本一の大規模風力発電ができる。造るために木を大量に伐採する。山の保水力や土砂流出に影響がないと考える方が不自然だ。物部川漁協ばかりではなく、その危うさに目を向ける人は徐々に増えている。(続く)

地元の人たちが作った風力発電所計画の関連地図

(C)News Kochi(ニュース高知)

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