物部川上流の尾根筋に計画されている大規模風力発電施設の予定地には水源涵養保安林や土砂流出防備保安林が広がっている。保安林を伐採するには県知事が許可を出さなければならない。県は市町村長の同意を求めるから、市町村の意見も反映される。つまり市町村長や県知事が認めなければ伐採はできない。(依光隆明)

環境アセスメントの流れ(評価書の作成まで)=経済産業省のホームページより
環境アセスに一歩踏み出す
香美市、大豊町の尾根筋で計画されている大規模風力発電所(高さ180㍍の風車が最大36基)は、2024(令和6)年末に環境影響評価(環境アセスメント)の第一歩を踏み出した。事業者(徳島県阿南市)が公表したのは計画段階の「配慮書」。住民の反応や、どのような環境問題があるかを知るための手続きだ。住民に広く計画を知らせる意味を持つ一方、事業者側のリスクを低減するために出させるという側面もある。この段階だと大きな修正が可能だし、計画の撤回も困難ではない。
配慮書は高知県知事に送付され、県から該当市町村に回る。市町村長は知事に意見書を送り、知事はそれを反映して「知事意見」として事業者に送る。併せて配慮書は30日間公告・縦覧され、広く住民の意見も募る。経済産業省の手続きフロー図によると縦覧期間は30日程度で、知事意見が出るまでの期間は60日程度。今回の場合、縦覧期間は2024年11月19日から12月20日まで。市民からの意見書は12月20日が提出期限だった。フロー図からは経済産業省や環境省が意見を出すことも読み取れるが、配慮書の段階で両省が関与することはほとんどない。

縦覧期間や縦覧場所を知らせる県のホームページ。意見書の提出期限も明記している
水環境と土砂災害を懸念
配慮書を受け、香美市長は2024年12月20日付で県知事に意見書を出した。県に対する意見書だが、中身は計画および事業者に対する疑問や注文だ。この意見書が市のスタンスを表している。
意見書は①~➆に分かれている。環境に影響する期間を〈工事期間から始まり、20年間とされている収益期間を経て、収益期間後に施設等を撤去して事業が終了するまでの間〉と指摘。影響が長期間にわたることから、①水環境②土砂災害③生態系④景観➄責任の担保⑥説明責任➆要望書等――について論述している。
①は〈事業区域を含む山林では、地形が急峻で地盤が軟弱である〉などとして、〈降雨時には、これら本事業によって改変された土地を起点として下流に排水が流入し、流路も変化することとなるため、事業区域のみならず、下流の物部川流域の水環境の水質及び水量に大きな影響を及ぼすこととなる〉と指摘した。②では土砂災害の危険に加え、地震によって風車が倒壊する懸念にも触れている。⑤は土砂災害や損壊に伴う部品の飛散、山林火災などが起きた際の責任と、事業継続が不可能になったときの原状復帰について問うた。⑥は市議会が請願を採択したこと、市議会が行う調査への対応に触れ、⑦では市民からの要望書について書いている。

香美市長の知事あて意見書の一部
「市民の意見を参照し、十分留意を」
特徴は「地震」「火災」「要望書」を書き込んだことだろう。南海トラフの地震が起こったとき、香美市の山中も最大震度6強の揺れが予想されている。高さ180㍍もある巨大風車が地震の揺れに耐えられるのか、という素朴な懸念が背景にある。同様に、火災の心配にも触れた。発電機の過熱や落雷、潤滑油の油漏れによって火災が起こる可能性はゼロではない。立地場所が山の上なので、仮に火災が起こってしまえば消火は困難を極める。しかも強風によって延焼する可能性が少なくない。
要望書についてはこう書いている。〈令和6年12月20日、市内3団体より香美市長に別添要望書が提出された。また、上記のほか、各方面からも意見書を頂戴している。当市への要望、意見ではあるが、その内容は事業計画の根幹に関わるものであることから、別添要望書、意見書を参照し、計画の更なる検討にあたっては十分留意していただきたい〉。市長意見書に市民からの要望書、意見書を添付し、それを参照して留意するように(つまり参考にするように)求めているのだ。市民の意見を聞きなさいよ、と。その上で、市民の要望書をそのまま添付している。

保安林の伐採や土地の形質変化には県知事の許可が要る=林野庁のホームページより
市民の意見が計画を左右?
環境アセスには事業を止めるような拘束力はない。が、知事意見次第で国の審査が厳しくなる可能性がある。事業者への要求レベル(生態系の保護や保水力維持など)が高くなればなるほど事業者の利益は減っていく。対策に追われるうち、いつしか採算を割り込むことすら考えられる。加えて今回の場合、保安林エリアでの伐採や土地の改変が認められないと計画の実行そのものが難しい。それらには県知事の許可が要るので、ここでも知事のスタンスが重要となる。知事は市町村長の意見を無視できないし、香美市長は市民からの意見に留意するように事業者に求めている。ということは市民からの意見が計画を大きく左右する可能性がある。
香美市長の意見書に添付されたのは香美市議会が採択した請願書「谷相大豊地域での風力発電計画について」と、2024年12月20日付の「(仮称)嶺北香美ウィンドファーム事業に対する要望書」など。この要望書は「三嶺の森をまもるみんなの会」(依光良三代表)と物部川漁協、「田んぼと森をまもる会 たまもる」(小野麻里代表)の3団体が連名で提出し、各団体の意見も添付されている。たとえば物部川漁協は松浦秀俊組合長の名で「更なる河川環境の深刻な悪化が懸念される当計画に対しては、当漁協としては、強く反対する」と名付けた意見を書いた。そこにはこうある。
〈今回計画されている流域には、日ノ御子川(川ノ内川)、久保川、日比原川、楮佐古川、笹川の各支流が本流に流れ込んでおり、アユ、アマゴ、ウナギの放流も行い、当漁協が管理する漁場であります。これらの流域は、もともと崩れやすい地質、地形に加え、近年の各種開発行為により、現状でも大雨が降るたびに、大量の土砂が河川に流入し、いくら魚を放流しても育たない河川となってきており、当漁協としてもその対策に苦慮しているところであります。それに加え、それらで発生した濁水や土砂は3つのダムに流れ込み、ダム下流部の濁水の長期化を促し、前述のように当漁協の営む漁業の中核をなす下流部のアユ漁にも深刻な影響を及ぼしています。このような現状を考えれば、更なる河川環境の深刻な悪化が懸念される当計画に対しては、当漁協としては、強く反対するものであります〉

奥神賀山から土佐湾方向に延びる稜線が計画地=Google Earthより
収益もリスクもけた違い?
3団体連名の「(仮称)嶺北香美ウィンドファーム事業に対する要望書」は、香美市長への要望事項として以下の四つを明記している。①本事業の計画中止を市長が働きかけること②水源かん養保安林や土砂流出防備保安林の解除について同意しないこと③環境アセスメントで市長意見をのべるときには住民の意見を尊重すること④住民に対して本事業の情報共有を積極的に行うこと。
今後、環境アセス手続きは「方法書」「準備書」と進む。事業者によってそれらの書類が作成され、経済産業省がその都度「審査」する。審査に反映させるべく市民意見や市町村長意見、知事意見、環境大臣の意見も提出される。住民説明会が開かれるケースもある。「準備書」段階を踏まえてできるのが「評価書」で、経済産業省の審査を経て最終的な環境保全措置が確定する。事業がスタートしたあとも事後調査が続き、予想外の影響が出たときは追加の対策を検討する。
事業スタートまで、事業者は10年程度かかるとみている。FIT(国の固定価格買い取り制度)が今後も続くとして試算をすると、この計画の壮大さが分かる。住民説明会で事業者が示した年間発電量は3億7000キロワットアワー。現在のFIT価格が1キロワットアワー当たり14円程度なので、それで計算すると年間約50億円の売電収入が入る。買い取り期間は20年なので、20を掛けると約1000億円。しかしFIT価格は年々下がっているし、そもそも固定価格から市場価格プラスαの買い取りに移行する可能性もある。そうなると売電収入が幾らになるのか見通せない。
松浦組合長が心配するのは事業者が引き返せなくなることだ。環境アセスの手続きが進めば進むほど投資が嵩んで後戻りができなくなってしまう。松浦さんがぽつり。「深くリサーチすることなく立てた計画だと思います。傷が深くならないうちに断念してくれればいいのですが…」(続く)