中山間

高知2年、神奈川5カ月。森林整備に見る違和感

山間地域で人々が暮らすために何が必要か。それを考えるため、高知県で木の伐採を学び、今は故郷の神奈川県で山づくりに挑戦している。経験の中で一つ驚いたのが、高知と神奈川では森林整備に関する補助制度の運用がまるで違うという点だ。簡単に言えば、高知には現場の林業従事者の置かれた状況に配慮する姿勢がある。一方の神奈川は現場の事情はお構いなし。行政の「原則」によって山を動かそうとする。神奈川の森林行政はため息が出るほどに頭でっかちなのであった。 (坂巻陽平)

スギの人工林に作業道が延びる(神奈川県山北町)

個人が利用できる補助は限られる

森林整備の補助制度はさまざまあるが、今回は高知の「みどりの環境整備支援事業」と神奈川の「協力協約推進事業」を比較する。両者の共通点は、個人林業家でも利用できることだ。後者は神奈川県北西部の「水源の森林エリア」とされる森林を対象とする事業。神奈川では森林所有者と林業事業体が森林整備に関する契約(10~20年)を交わす「長期施業受委託事業」という補助メニューなどもあるが、このような長期契約は森林組合や大きな林業会社でないと結べない。国の「造林補助事業」という制度もあるが、書類作成などが煩雑で個人や小さな林業会社は実質的に利用が難しい仕組みになっている。

余裕を生む「事後申請方式」

「みどりの環境整備支援事業」の長所は、実質工期が長いことだ。

高知県中央西林業事務所によると、例えば2023年度に同県内で「みどりの環境整備支援事業」を活用して森林整備をしようとした場合、予算確保のため前年の22年9月ごろまでに事業規模を市町村に届け出る必要がある。だが、既に同年度から森林整備を始めていても問題はない(チャート図①参照)。22年度当初から森林整備を始め、23年度内に完了させて市町村に報告すれば補助金を得られるのだ。これは、事業完了後に補助金を申請する「事後申請方式」というもの。つまり高知では最長2年間の工期の中で森林整備を進めることができる。

チャート図①高知県の「みどりの環境整備支援事業」

一方、神奈川県山北町の農林課などによると、同県内で23年度に「協力協約推進事業」を活用する場合、22年6月末ごろに事業規模を市町村に報告する(ここまでは高知とほぼ同じ)。しかし、この時点で森林整備に取り掛かることは許されない。その後、県と市町村が「年度計画」策定などの事務作業を行い、事業者に対して「交付決定」を出すのが23年の「10月中旬以降」になる。この通知を受けてようやく森林整備に取り掛かることができるのだが、作業は年度内に終わらせなければならない。つまり、工期はわずか5か月ほどしか与えられない(チャート図②参照)。

チャート図②神奈川県の「協力協約推進事業」。当該年度の10月ごろにならないと事業に取り掛かれない

「期間は十分確保されている」

最長2年間の工期で余裕を持って森林整備ができる高知と、わずか5か月程度の作業しか許されない神奈川。

同じ「森林整備」で、なぜこれほどまでに補助制度の運用が異なるのか。

神奈川県水源環境保全課は「県の補助事業は交付決定後の事業着手が原則」として、「原則論」にこだわっている。工期がわずか5か月程度であることについては「必要な期間は十分確保されている」と突き放す。

一方、高知県中央西林業事務所の担当者は「高知でも補助金の交付決定後の事業着手は大前提」とした上で、「(交付決定前の事業着手ができる)『事後申請方式』を認めているのは、国の補助制度に倣っているから。林業は自然相手の仕事なので事業変更がよく起こる。そういったことに対応するためにも、事業完了後の申請を認めている」と話す。

高知の担当者が言うように、全国一律の国の補助制度である「造林補助事業」も事後申請方式を採用している。ところが神奈川県の担当者はこういった国の補助制度の運用方針について「例外だ」として一顧だにしない。

高知の担当者に神奈川の工期の短さについて聞くと、「小さい事業体は相手にしてないかもしれんね」と述べたあと、こう続けた。「人手を確保できる大きな事業体なら対応可能やろうけど、(小規模・副業的にやろうとしたら)かなり厳しいやろうね」

林業の必需品、チェーンソー。少しの手違いで大事故を生む(高知県四万十市)

短い工期は危険をはらむ

「林業」という仕事は全産業の中で最も労災発生率が高い。林野庁によると、労働者1千人当りの死傷者数は23.5人(2022年)で全産業中ワースト。全産業平均が2.3人だからざっと10倍の事故率に達している。

林業の現場はほとんどが斜面で、切り倒す木も数百キロの重量がある。木々を搬出するには重機が必要になり、扱う道具は刃物が高速回転するチェーンソー。重機ごと横転したり、チェーンソーで脚の動脈を切ったりして、毎年林業労働者が命を落としている。

これらの事故を防ぐには、ゆとりのある工期を設定し、天候や機械の故障などにも十分対応できるようにしなければならない。

安全上の観点から見ても、工期にゆとりがある国や高知の補助制度は現場の事情を考慮した運用になっている。神奈川の主張は「豊かでおいしい水を安定的に確保するため、(国の)『造林補助事業』とは別の取り組みであり、水源地域の森林を適正に整備するためにも、本県の補助事業の原則に従って運用している」ということらしい。

「県の補助事業原則」に従うことで、豊かな水源地域ができあがるというのだ。

なぜ神奈川は現場の事情に配慮せず「原則」にこだわり続けるのだろうか?

神奈川県の森林率は39%とあまり高くはなく、横浜市や川崎市などの人口密集地を抱える。コンクリートに埋もれたビル街に身を置く神奈川の県職員は、危険な山の現場の状況を想像できていないのではないだろうか。

神奈川の山あいには何とも虚しい風が吹いている。

★★

神奈川県が「適正な森林整備のため」に開設した林道は崩壊を続けている(神奈川県山北町、2022年1月24日撮影)

 

 

(C)News Kochi(ニュース高知)

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