政治

「すでに『新しい戦前』」。イラク派兵差止訴訟の川口創弁護士が高知市で講演

日本も参加したイラク戦争にいったんタイムスリップして日本のその後を考えようとする講演会が6月29日、高知市の市立自由民権記念館で開かれた。講師はイラク自衛隊派兵差し止め訴訟で「違憲」の判決理由を引き出した弁護団の事務局長、川口創弁護士(51)=名古屋第一法律事務所。イラク戦争以後の日本の歩みを追い、「すでに『新しい戦前』だ」「自由民権運動のような思いをもう一度広げる必要がある」と述べた。(依光隆明)

川口創弁護士。高知にはたびたび来ている(写真はいずれも高知市立自由民権記念館)

「武力行使一体化」で違憲判決

講演タイトルは「イラク戦争20年と日本国憲法」。イラク戦争は2003年、アメリカを中心とする「有志連合」がイラクを攻撃して始まった。日本は「戦闘区域ではない」という理論武装で陸上自衛隊をサマワに派兵したが、航空自衛隊が多国籍軍(武装米兵)を隣国クウェートから戦闘地域のバグダッドに空輸したことが控訴審の判決理由で「違憲」とされた。川口氏は埼玉県川越市の出身で、28歳で司法試験に合格。「修習希望先の5番目くらいに愛知県と書いたら、愛知で司法修習をすることになった」。弁護士も東京一極集中が進んでおり、「愛知で開業するのは年30人ほど。一宿一飯の恩義があって」愛知で弁護士活動をスタートした。

司法修習生の時代に9.11(アメリカ同時多発テロ)があり、弁護士になった直後にイラク戦争が始まった。弁護士2年目で名古屋地裁にイラク自衛隊派兵差し止め訴訟を起こす。「若気の至り」と漏らしながら、「全国各地で訴訟が起きたが、名古屋は初の全国訴訟だった。原告は3000人で、その中でも高知とのつながりが一番強くなった」と高知との縁を説明した。

その訴訟が「自衛隊派遣は憲法違反」という画期的な判決理由を引き出すのは2008年、名古屋高裁でのことだ。川口氏はこう説明した。「2007年に航空自衛隊がバグダッドまで米兵を運んだ。名古屋高裁はそれを『武力行使一体化(他国による武力行使と一体化した行為)』と判断した。鍵は『武力行使一体化』だった。5月に判決が確定し、12月に自衛隊はイラクから撤退した。憲法9条が機能を発揮したということだ。以来、米軍と一体化した自衛隊派遣はない」

約60人が参加した川口創弁護士の講演会

転機となった安保法制

自衛隊派遣に歯止めをかけた2008年の判決から7年、憲法にとって大きな転機がやってきた。2015年に成立した安保法制(我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律)だ。川口氏はこう解説した。「2006年7月に航空自衛隊が米兵の輸送を始めたときは第1次安倍晋三政権だった。安保法制は第2次安倍政権のとき。米軍との武力行使一体化を安保法制によって突破した」。憲法が歯止めをかけた自衛隊派遣等の行為を安保法という法律で突破した、という図式。「米国と一緒に戦争ができる体制を平時から認める、平時から一体化するということだ。これまで敵地上陸訓練を米軍とやることはなかったが、安保法成立後はやっている」。安保法の成立前、内閣法制局長を務めた大森政輔氏らに声をかけて国民安保法制懇を作った。「大森さんは『政権の中で憲法の砦だった内閣法制局は死滅した』と言っていた。内閣法制局は2015年以降、機能していないということだ。つまり憲法9条を守る役所が機能していない」

安保法制の影響はめちゃくちゃ大きかった、と川口さんは繰り返す。

「安保法ができたために国会での議論なしに閣議決定でやるようになった。今までは中国や北朝鮮を攻撃する兵器を持っていなかったのに、現在では中国を攻撃する兵器をばんばん増やしている。中国に向けて『作っていくよ』と煽っているのだから、中国も軍事力を増やす。いたちごっこだ。米国とロシアは(中距離ミサイル全廃条約を結んでいた関係で)中距離ミサイルを持っていないが、中国はたくさん持っている。日本が幾ら作っても追いつけない」

いたちごっこに終わりはない。いたちごっこに勝てる見込みもない。しかも日本が中国と戦う気がなくても米国が中国と戦えば日本も参戦となる。

「米国の方が対応できないとなれば日本が出て行くことになる。集団的自衛権の思考では地続きだ。(米国と中国が戦争状態になったときに)米国との関係で日本がミサイル撃っちゃうと日本が先制攻撃したことになってしまう」

川口さんが示したグローバルホークの資料

「戦争がないと経済が回らなくなる」

川口氏は2024年の日本の防衛費が8兆円に達し、それがさらに伸びること、それによって軍需関連を成長産業とみる思考が現れる危険性にも触れた。「トヨタは利益をあげているが、本当に大きな利益は海外であげている。(地盤沈下の懸念がある)名古屋では『トヨタの次は防衛産業だ』とまで言われている。このままでは戦争がないと経済が回らない国になっていく。しかも原資は税金だ」。さらに「日本は軍事力でもうけようとしている。そんないやしい国になってはいけない」とも。

安保法制以降、米国追随が著しくなっていることも川口氏はたびたび指摘した。一例として挙げたのは、米国の不要兵器を高額で買っていること。プロジェクターで無人偵察機「グローバルホーク」を映し出しながら、米軍が廃棄予定だったのを「契約後に値上げされて買った」「米国人技術者40人の生活費に30億円」と説明した。

続いて台湾有事に話を移し、「台湾が中国の一部だということは国際的に認められていて、中国は『台湾が独立を宣言したら武力で侵攻する』と言っている。しかし台湾の人たちのうち90%以上は独立を支持していない。つまり本当に独立する可能性は極めて低い。ではなぜ台湾有事が言われ始めたのか」と前置き。もともとは米海兵隊の問題だ、として『(米国内で)海兵隊はもう必要ない』と言われたとき、海兵隊は『台湾有事があるから海兵隊は必要だ』とプレゼンした。意図的な資料を作って。それを日本の政府や政治家が利用している」

日米関係の従属性を説明する川口創弁護士

原点は日米関係の従属性

会場からの質問に答える形で、中国が日本に攻めてくることもありえないと説明した。

「もともと中国が日本に攻めてくるという議論は誰も言っていない。言われているのは台湾有事」と強調。「中国は日本を攻撃する政策は持っていない。戦争は政治目的を達成する手段だが、中国の政治目的に日本占領はない」と述べた。補足して「米軍基地から中国本土に攻撃がくるので、攻撃を阻止するために日本の米軍基地を叩くというのはありうる話。米軍と関係なく日本を攻撃する戦略を取る政治目的は中国にはない」とも。「地政学的に日本は戦争を起こしてはならない。エネルギーも食料も1週間しかもたない。攻められたらどうするかではなく、攻められないように、戦争がないようにするにはどうするかを考えなければいけない」と説明し、(ミサイルの数を延々増やすような)抑止力政策ではそれは無理だと指摘した。「抑止力論は危険。永遠に軍事力を増やすしかない。やがては国が財政破綻するかもしれない、増税をどんどんしていいかという話にもなる」と。解決に向け、川口さんが口にしたのは「身もふたもない話かもしれないが、最終的には日米安保条約の廃棄しかない」ということ。「米国に尻尾を振っている」「米国べったり」という表現も使って、「背景には日米関係の従属性がある」と説明した。

「この状況を生み出しているのは集団的自衛権であり、集団的自衛権は米国との従属関係があってできている。米国との従属関係を断ち切って、本当に独立した国家として中国や米国と対等な関係で立ち回れる国にしてかないと。根源は日米安保条約だ。これがあるから米国がもうけやすいようにやっている。米国の言いなりになってやっている」

川口創弁護士

「自由民権の思いを広げないと」

この日、自由民権記念館では約60人が熱心に耳を傾けた。

会場からの質問の最後は「新しい戦前」という言葉に絡めた問いかけだった。川口氏は「すでに新しい戦前になっている」と断じ、たとえば「憲法9条が機能しないようにされている」と続けた。すぐに言葉を足して、「ほとんど骨抜きにされているが、9条はまだある。錦の御旗はこちらにある。決して負けてはいない」。

川口氏は自由民権記念館の展示を巡った感想を終着点にした。憲法9条を語る前に自由や民主主義、個人の尊厳という足元も見る必要があるのでは、という問題意識だ。

「けっこう難しいのは、支配されるのに慣れちゃったり、監視に慣れちゃったり、個人の尊厳とかはほどほどでいいと。自分らしさは強調しないで、何となく生きていけばいいなっていうマインドを持つ人が増えている。個人の尊厳という認識が響かない」と川口さんなりの危機感を説明。「問題は9条のことだけではなく、ここで語られて展示されている自由民権運動のような、(自由や民権の)思いというか思想をもう一度きちっと広げていかないといけないなと思う」

講演の冒頭、川口氏は「最近、大学生と話をするとイラク戦争を知らない。9.11ですら教科書の中の話になっている」と述べた。「新しい戦前」と言われても、戦前がどのような時代だったかを知らなければ響かない。知っておくべき思想の源流として川口氏が挙げたのが自由民権運動だった。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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