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四国山地リポート 「考えぬ葦・ヒト」の営為⑥屈指の清流に小規模ダム計画

愛媛県四国中央市にある県内有数の清流に、堰(小規模ダム)の建設を伴う小水力発電事業計画が浮上している。ダムがなく、美しい流れを誇るこの川は、四半世紀前にもダム計画が持ち上がって住民が阻止した歴史を持つ。今回も住民が不同意署名活動を行うなど、ふるさとの川を守ろうと運動を始めた。現場からリポートする。(西原博之)

浦山川の中流から源流の法皇山脈を望む。清流が印象的だ

コンクリートなき清流

愛媛県東部に位置する四国中央市土居町。ここに、地元の人々が「県内で一番」と自慢する宝物がある。愛媛県最後の秘境といわれる法皇山脈から流れ出て瀬戸内海にそそぐ関川と、その支流浦山川である。県内のほとんどの河川が過去にダムや堰で堰き止められてきたが、関川も浦山川もコンクリート構造物がない清流だ。この地域の財産に、小水力発電事業の計画が持ち上がった。

法皇山脈の主峰・東赤石山(1710m)から稜線を東におよそ1㌔進むと、権現越というコルに至る。その北面を源流として瀬戸内海へそそぐ清流が関川だ。ダムや堰を経ず、美しい森に囲まれて流れる関川流域には、筆者もたびたび昆虫類の調査に入った。権現越をさらに東に2㌔たどると地図上には表示されないピーク、黒岳(1635m)に至る。ここから尾根を北に折れれば熊鷹山(1098m)がある。法皇山脈から熊鷹山までの山塊にはイシヅチオサムシという日本ではここ周辺にしか生息しない貴重なオサムシが生息する。石鎚山脈と法皇山脈の固有種であり、愛媛県レッドリストで絶滅危惧種に指定されている。こうした昆虫に底辺を支えられた山塊は、高山鳥であるホシガラスなどの鳥類やツガザクラなどを含む希少な生態系を育み、全国でも例のない生物種がみられる特殊な地域だ。

浦山川小水力発電事業の候補地=Daigasエナジー提供

「この川は命の源である」

日本に誇る環境を持つこの山脈のもう一つの雄峰が二ツ岳(1647m)だ。浦山川は、四国で最も登頂が難しいといわれるこの嶺を源流として流れ出る。

2023(令和5)年、この川に小水力発電事業が計画されていることが分かった。源流域に堤頂15㍍以下の小規模ダム(堤頂までが15㍍未満のダムは法的には「堰」と呼ぶ)を造り、貯めた水をパイプラインで下流に導水、そこに発電所を建設するという計画だ。

「土居町の水と緑を生かす会」の近藤孝夫代表らの動きは早かった。「この川は命の源であり、継承されてきた地域の宝。水量・地下水の減少や水質悪化につながる堰の建設は許されない」と不同意の署名活動を開始する。集まったのは825人分の署名と、水の利用を認めない地元土地改良区役員の過半数の不同意書だった。ことし(2024年)の5月24日、それらを四国中央市役所に提出した。

発電所予定地を見下ろす場所で。近藤孝夫さん(左)と加地孝光さん

清流が遠く法皇山脈へ

近藤さんと同会事務局長の加地孝光さんの案内で浦山川の現地を見て回った。

土居町はかつて宇摩郡に属した小さな自治体で、山際には珠玉のような集落が点々と存在する。畑野地区の橋に降り立ち浦山川を望むと、川底まではっきりと見える清流が、遠く法皇山脈へと延びていた。

加地さんの軽トラックに続いて県道131号を川沿いに遡上する。自然林と人工林が入り混じる山肌を見やりながら、車は深山を目指す。加地さんの車が山の中腹あたりでストップした。下車して谷底を見ると、戸数数軒の集落があった。付近にやっと広がる平地が、竹林となっている。

「あそこに発電所を建設する計画です」と近藤さん。「ここから、一挙に水を落とすのです」。「ここ」、とは筆者や近藤さんが立っている県道のこと。「この上流に堰をつくる計画ですが、県道沿いにパイプを埋めて水を導くそうです」。道路に導水管(パイプライン)を埋めるということだ。

計画中止となった浦山川ダムの地質調査跡。コンクリートで覆われている

いまもダム計画の痕跡

さらに上流を目指す。人工林の割合が減り、広葉樹の森に替わっていく。谷が狭くなった場所で、再び軽トラックがストップした。「かつて、ダムが計画された場所です」と加地さん。なるほど、山肌にコンクリートでふさがれた跡が見える。「掘削して地質調査した跡です」。大規模調査が行われている大洲市肱川町の山鳥坂ダムの現場と重なり、ヒトの開発行為に共通する愚かさが脳裏に去来する。

上流に人家はなく、一見して最上級の清流だと確信できた。大きな岩のそばにある渕で、全裸で水浴びしている男性がいた。近年は、こうした風景に出会う機会も少ない。気持ち良さそうに水を浴びる姿は、全身で堰の建設に異を唱えているようだ。筆者も思わず水に飛び込みたくなる。それほど渓谷美は美しい。さらに奥深く車を進める。

取水堰予定地の清流。付近は「男恋の蛇渕」と呼ばれる観光名所でもある

比類なき渓谷美と希少生物群

小水力発電所の建設予定地から2.5㌔上流、堰の建設予定地で車を止めた。

渓谷が迫っている。すぐ上手を見上げると、右手に法皇山脈の二ツ岳から流れ出る本流、左手に赤星山から流れ出す支流がある。ここはその合流地点であり、「男恋の蛇渕」という美しい観光名所だ。河原に降り立つ。川底の石一つひとつが、石が持つ本来の色を映し出している。つまり、苔がついていない掛け値なしの清流である。

石をひっくり返す。「いた!」。ベントス(底生生物)の一種であるカワゲラ類の幼虫が石底にびっしりと生息している。清流の象徴とされるカワゲラも近年は減少しつつある。嬉しい出会いだ。清流の証を確認できて、気持ちまで清浄になる。

これほどの清流と比類ない渓谷美は、それこそ地域の、愛媛の財産だといえる。ここに堰ができると、こうした美しい風景ばかりか希少な生物群を根こそぎ奪ってしまうことになる。近藤さんたちの調査で、浦山川は500種近い植物や25種類もの淡水魚、200種を超す水生生物の宝庫であることが明らかとなっている。これが流域の住民たちの自慢であり生活を支える糧ともなってきた。コンクリート構造物の気配がない、後世に残すべき自然遺産だと実感できる。

堰予定地の川底で見つけたカワゲラの仲間の幼虫。清流の証だ

2002年夏、ダム計画中止

前述の「浦山ダム」の建設計画は、およそ25年前に浮上した。灌漑と生活用確保を目的とした県営土地改良事業で、総事業費116億円、有効貯水量82万㌧。

この計画に危機感を持ち、「地下水の枯渇や環境破壊が懸念される」として結成されたのが「土居町の水と緑を生かす会」だった。住民らのふるさとへの思いは、走り出したら止まらないといわれた公共工事に真っ向から戦いを挑んだ。効果的だったのは、事業実施には受益者の3分の2の同意が必要だと土地改良法で定められていたことだ。その条件を逆手にとって不同意署名を集めた。2分の1以上の不同意署名を集め、中止要望書とともに県に提出した。2002年夏、事業は中止となった。

調査費として2億1千万円が使われた上での中止だった。浦山川沿いの山肌に残る「地質調査跡」に、この予算の残骸が読み取れる。当時県議会議員だった今治市の阿部悦子さんらも反対運動に加わり、県議会で反対・不要を訴えた。今回も阿部さんは堰の建設に異議を訴えて住民とスクラムを組んでいる。

かつて浦山川ダムの予定地だった場所

「住民の多くが知らない」

地元土地改良区への提示資料によると、計画されている小水力発電事業は、取水堰から水圧管で2.4㌔下流に導水し、1000㌗未満の発電所を建設して発電する。資料では再生可能エネルギーの拡大や地域活性化に寄与し、魚類などの生息に配慮した流量も維持すると説明されている。

流量調査や測量調査は2022年度から始まっていたが、近藤さんは「土地改良区の一部だけに説明会を行い、同意を得ていた」と批判的に見る。「計画を多くの住民が知らないのは問題だ」と行動を起こし、それが署名活動につながった。

どの事業もそうだが、最初の説明不足、ボタンの掛け違いが、のちに大きな問題へと発展するケースが多い。事業計画の主体であるDaigasエナジー株式会社は「事業実施の判断は、地元の皆さまの理解を得られることが最重要」とコメント。反対運動に対しては「重く受け止めており、行政にも相談しながら事業を実施するかどうか検討したい」とする。ただし住民説明会については、今のところ開催予定はない。

小水力発電事業の概略=Daigasエナジー提供

市は「適正かつ真摯に対応」

四国中央市は2022年12月に水量調査のための水量計設置許可を出し、2024年1月に業者から(調査設備の)廃止届が出たと説明する。つまり調査は終了したということだ。

同市建設課は「民間の事業であるため、詳細については届け出が出ていないので把握していない」としている。住民の反対を踏まえつつ、同社から事業の申請があれば「適正かつ真摯に対応する」としている。

浦山川の堰建設予定地で出会ったカワゲラの幼虫は、夏が過ぎるころに羽化して谷を優雅に飛翔する。谷にはミソサザイもさえずり、上流のイシヅチオサムシも夏をおう歌する季節だ。かれらが今後も生活を継続できるかどうかは、ヒトの営為にかかっている。

 

(C)News Kochi(ニュース高知)

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