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四国山地リポート「考えぬ葦・ヒト」の営為③大規模林道の現実①森が死んだ

17年を遡る2007(平成19)年、独立行政法人緑資源機構による官製談合に絡み、当時の松岡利勝農林水産大臣ら3人が相次いで自殺する前代未聞の事件が起きた。公正取引委員会の告発を受けた東京地検特捜部が「大規模林道建設」をめぐる官製談合を捜査、その過程で関係者が次々と自殺したのだ。のちに同機構の担当理事ら7人と4業者が有罪判決を受けたものの、関係者の死で真相は闇に消えた。このいわくつきの大規模林道が、実は四国でも愛媛と高知に建設されていた。汚職にまみれ、巨額の税金を投入したこの林道は今どうなっているのだろうか。(西原博之)

四国カルストを貫いて走る大規模林道「東津野―城川線」

森を貫く山奥のハイウエー

愛媛県北宇和郡鬼北町の山あい、四国カルスト・大野ヶ原に向けて車は速度を上げた。山肌を切り裂き、谷を埋めた幅員7メートルの完全二車線舗装道路が森を貫く。交通量はほぼゼロである。「林道」と名は付くが、木材を搬出する作業は全く見えない。ほどなく美しい四国カルスト高原が目に入る。1時間弱のドライブだった。

大規模林道(緑資源幹線林道)「東津野―城川線」。開通は1996(平成8)年である。全国で進められた7つの大規模林業圏開発林道のうち、日本で初めて開通した路線だ。法面(のりめん)に崩落が見られるほか、路面は荒れて砂や落ち葉がたまっている。始点にはこんな看板が掲示されていた。「当路線では、予測できない落石、路面のひび割れや段差、倒木、凍結などが発生する恐れがあります。充分に安全確認の上、走行してください」

森の生態系を無視したような設計が自然破壊を招き、維持管理を委託された地元自治体には財政負担がのしかかっている。それでいて利用する人はほとんどいない。いったい大規模林道とは何なのか。

大規模林道を走行する際の注意を呼び掛ける表示板

総延長2270キロ、事業費1兆円

国内7つの林業圏(北海道山地、北上山地、最上・会津山地、飛騨山地、中国山地、四国西南山地、祖母・椎葉・五木山地)に建設された大規模林道は本線29、支線3の計32路線である。総延長は2270キロメートルに上り、それは北海道北端から九州南端に至る距離に匹敵する。建設に充てる事業費は9550億円、つまり1兆円もの税金が人目に付かない山奥に投入されてきたのだ。そのうち四国では「池川―吾北線」「小田—池川線」「東津野―城川線」「清水―東津野線」「広見―篠山線」「日吉―松野線」の6路線が建設あるいは途中で建設中止となった。事業費は当初予算で800億円、のちに2倍以上の1800億円まで膨れ上がっていく。

工事主体は森林開発公団。談合事件で解散することになる緑資源機構の前身である。「森林開発公団法」を根拠法令として1956(昭和31)年に発足し、所管官庁は林野庁。当時、アメリカの「余剰農産物受け入れ」で発生した見返り円資金を運用して設立された。財政投融資資金を財政的バックに、1959年には林道関連事業を公団の所管として位置づける。さらに1969(昭和44)年には新全総(新全国総合開発計画)が閣議決定され、それに沿って全国の大規模林業圏開発計画が決定した。こうして前代未聞の巨大な林道が全国に建設されることになる。

大規模林道網。全国7林業圏に32路線が計画された。これは東北以南の路線地図

お題目は「山村地域の開発と地域格差の是正」

そもそも林道とはスギ・ヒノキの伐採作業や搬出のために作られる小規模な道路である。トラックによる搬出を考え、谷あいに近い山腹を通す。幅は3メートルもあれば十分で、舗装の必要もない。作業効率のよい本来の林道は、こうして網の目のように人工林を走っている。ところが大規模林道は山頂に近い森を貫いて走り、幅員7メートルの完全2車線・完全舗装。林業に必要な要素を全く無視して設計される。「林業振興による地域の活性化」という意義はどこにも見いだせないのだ。のちに公団は「観光にも役立つ」とあと付けしたが、これにも根拠がない。「交通量ほぼゼロ」という雄弁な現実がそれを語る。

公団の事業として、「林業を中心とする総合的な地域開発」という名目で最初に登場したのが特定地域開発林道、すなわちスーパー林道である。その後、「林業を中心とした山村地域の開発と地域格差の是正」を掲げ、多目的で大規模な林道として全国で建設を進めてきたのが大規模林道だった。1995(平成7)年10月、森林開発公団と農用地整備公団が統合して緑資源公団が発足する。その後も組織は名称変更と設立趣旨の差し替えを繰り返しながら生き残っていった。

山頂近くを縫うように林道が走る。「観光に役立つ」という理由もついた(大規模林道「東津野―城川線」)

そのとき、クマタカが飛んだ!

愛媛の話に戻す。大規模林道「東津野―城川線」開通から4年後の2000(平成12)年、山本森林生物研究所の山本栄治さんらは上浮穴郡小田町小田深山(現内子町小田深山)の大規模林道「小田―池川線」工事現場に立っていた。

高知市にある緑資源公団高知地方建設部から林道課長らの一行が入山し、山本さんからコース選定や工事手法について意見を聞いたのだ。山本さんは「周辺は貴重な生物種の宝庫だ。建設によってそれらが壊滅的な被害を受ける」と訴えた。奥山に向かいながら山本さんは説明を続けたが、公団職員の反応は鈍い。そのときだった。突然、クマタカが現れたのだ。まるで職員に向けて「ここは自分たちの聖地だ」とアピールするかのようなタイミングで上空を舞った。山本さんがぽつり。「もうストップするしかないね」。職員らは絶句した。翌日の新聞で、このニュースは愛媛県内を駆け抜けた。

当時、山本さんはこう説明していた。大規模な道路は森を分断する。「森の回廊」を喪失させ、森林生態系を破壊する。哺乳類のテリトリーを横切り、かれらの生活史に大きな影響を与える。舗装されることで森は乾燥化し、湿潤な環境に生きる両生類や爬虫類などの生息を脅かす。乾燥化は土壌に及び、そこに生きるミミズなどの土壌生物の棲みかを奪う。彼らを餌にして生きるオサムシやゴミムシの生活まで奪ってしまう。影響は生態系高次の鳥類や哺乳類まで及び、森林生態系が足元から脅かされる。つまり、森を死に追いやる――。

現地視察を見下ろすクマタカ。絶滅危惧種であり、森の王者だ。視察に同行した筆者が撮影した=2000年5月12日

森は変わり果てていた

山本さんらの忠告を無視して建設は進み、「小田―池川線」は現在7割近くまで建設されている。昆虫類調査のために走ってみたが、この路線も利用する車は皆無だった。材木を搬出するトラックすらゼロ。いまだに林業振興には全く寄与していない現実がほの見えた。衝撃的だったのは昆虫類の減少だ。調査したところ、かつて多産したオサムシやゴミムシは全く確認できなかった。20数年を経て森は変わり果てていた。クマタカも飛ばなかった。破壊の歴史と足跡が、しんと静まった林道に横たわっていた。

この林道を、山本さんと歩きながら観察した。随所で落ち葉が側溝に堆積し、水があふれた形跡が見える。周辺の森林は乾燥し、立ち枯れも目立つ。生物の気配がしないのだ。「これだけ大きな林道は、水と風と生き物の流れを変えてしまう」と山本さんがつぶやいた。風が林道を吹き通り、乾燥化を進める。山に沿って谷に流れるはずの水は行く手を遮られ、あらぬ方向へ向かう。そこでは土砂崩れが起き、本来はあるべきでない場所に土砂が堆積し、山の形を変えてしまう。「生物の流れを変える」の言葉通り、昆虫類や両生・爬虫類、鳥類や哺乳類までの生態系ピラミッドが、根本から壊されてしまっている。「法面が高いため、山にも入りにくい」。林業の作業効率を無視した工法を山本さんは指弾した。

さらに山本さんが懸念するのは、維持・管理ができないまま廃路になることだ。完成後、大規模林道は地元の自治体に移管される。これだけ大きな道路を維持・管理するのは並大抵ではない。落ち葉が堆積し、水を遮り、やがてひび割れ、崩壊が現れ、使い物にならなくなる。現実に、他の大規模林道でも崩壊しつつある現場を見てきた。ことに完成してから28年がたつ「東津野―城川線」は各所で崩壊している。

落ち葉が積もり、走行が危険な箇所も随所にみられる(大規模林道「小田―池川線」)

あ然とする「でっち上げ」調査

「東津野—城川線」は、「林業振興」から「観光道路」に目的変更してつくり上げた効果を評価するために、公団側が通行量調査を実施している。調査は2002(平成14)年10月の日曜日と火曜日に高知県津野町と愛媛県境の2カ所で行われた。「大規模林道事業期中評価委員会」に上がった調査結果を見てあ然とした。いずれの地点も1日平均350台から700台が通行したことになっていた。

いつ走っても通行量がゼロに近いのに、なぜこのような結果が出るのか。筆者はデータの裏付け調査を進めた。その結果に、またもあ然とさせられた。

公団は、「よさこい高知国体」の開催期間に合わせて調査をしていた。沿線自治体には全国から選手や関係者、応援団が大挙して集った。ソフトボール少年女子やアーチェリーの会場まで、選手や応援団が四国カルストの宿泊施設から「大規模林道」を往復していたのだ。なんとしても実績を挙げたい公団の、いわば「でっち上げ」調査だった。

同年12月、緑資源公団は独立行政法人緑資源機構に組織変更する。2004(平成16)年10月、大規模林道は緑資源幹線林道へと名称を変更した。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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