2024年7月5日、高知市立長浜小学校4年生の男子児童が水泳の授業中に亡くなった。現場は市立南海中学校のプールである。山積する疑問点はおいおい書いていくが、懸念するのはそれらの疑問が疑問のまま蓋をされることだ。高知市が立ち上げた第三者委員会は、「被告」ともいえる市教委自身が人選し、事務局も市教委が担う。しかも会議は非公開である。加えて市は第三者委に「責任追及を目的とはしない」と枠をはめた。責任をあいまいにしたまま真相解明ができるのか。むしろ市が責任逃れのために作った組織ではないか。そんな疑問すら膨らんでいる。(依光隆明)
教育委員会の付属機関
事故の発端は長浜小のプールに不具合が生じたことだった。長浜小と高知市教育委員会は近くにある市立南海中学校のプールを使って水泳授業を行うことに決める。4年生の3回目の水泳授業のさなか、1人の児童が溺れて亡くなった。正確にはプールの底に沈んでいる児童を同級生たちが発見、子どもたちがプールサイドに引き上げたが、助からなかった。中学校のプールだったため、浅い所でも水深は児童の背丈以上だった。水に入る前、この児童が「怖い」と言っているのを授業に立ち会った教頭が聞いていた。
第三者委員会の名は「高知市立長浜小学校児童プール事故検証委員会」。高知市が立ち上げたと書いたが、形の上では教育委員会が教育委員会の付属機関として設置した。委員は7人で、県内の委員は高知弁護士会の弁護士2人と高知市医師会の役員、県臨床心理士会会員。県外からは水難学会理事の大学教授、日本ライフセービング協会副理事長、大学院教授(教育学)を招いた。最終的には「報告書」をまとめて教育委員会に提出する。検証委の開催頻度は月1度で、2024年度末(2025年3月ごろ)に報告書が出るとみられている。
第1回の委員会は8月24日に行われ、委員長に就任した高知弁護士会の中内功氏が委員に諮って非公開を決めた。現地視察も含め、完全非公開という方針にした。
責任追及なし、非公開、守秘義務
当日の資料には委員会の目的が三つ列記されている。
➀(当該)プール事故の事実関係の把握、発生原因の分析を行い、再発防止のために必要な検討を終えた際には報告書として教育委員会に提出するものとする。
➁検証に当たっては➀の記載の通りの検証目的に沿って進めていくものであり、当該事故関係者の責任の追及や処罰を目的とするものではない。
③委員は、検証委員会で知り得た秘密については漏らしてはいけない(職を退いた後も含む)。
最大の問題は➁である。検証を進めていくと、どうしても学校関係者や教育委員会関係者の責任に触れざるを得ない。もちろん処罰を提言する必要はないが、責任問題から距離を置けば置くほど玉虫色の報告書となる可能性がある。この事故では全く瑕疵のない、「怖い」と訴えていた児童を授業で死なせている。南海中のプールは、水深の最も浅い所でもこの児童の身長を超えていた。いったいなぜそんなところで授業をしたのか、どんな手立てを取っていたのか、「怖い」という声にどう応えたのか。
「行ってきます」と元気に出かけた児童が、学校の授業中に、しかも不安を訴えていた中で亡くなる。信じがたいことが起こりながら、学校や教委の責任問題に触れることなく報告書を作り得るのだろうか。市教委は「責任追及しない」と併せて「守秘義務」も強調している。これに完全非公開が加わるとどうなるか。市議会議員にも、市民にも、報告書を見るまで議論の方向をチェックするすべはない。「被告」であるはずの市と市教委だけが「責任追及はしない」と論議の方向を決め、事務局として論議の方向を把握するという異様な事態が起きつつある。いや、論議の方向を市がコントロールする危険すらないとはいえない。完全非公開+守秘義務の効果は絶大で、そもそも論議がコントロールされたかどうかすらチェックできない。市民もできないし、市民の付託を受けた議員もできない。
「改修工事等を実施し、自校プールで」
責任問題はあらゆるところに絡み合う。たとえば2023年11月に発表された「高知市立学校の今後のプールの在り方に関する答申書」にはこう明記されている。「老朽化によりプール施設が使用不可となった場合には、必要な改修工事等を実施し、自校プールでの水泳授業を継続するべきだ」。この文言は答申の肝だと言っていい。答申した「高知市立学校の今後のプールの在り方に関する検討委員会」は、現役校長や教頭、市の幹部、PTA幹部、研究者ら15人の委員が6回にわたって論議を重ねた。主に議論したのは、プールが使えなくなったときにどうしたらいいのか。高知市立学校の多くはプールの老朽化が進んでいる。水泳の授業の必要性から入り、検討会は修理費の問題、外部プールの状況、外部プール利用の現実性等々を検討した。その上で小学校、中学校、特別支援学校と切り分け、現場の意見も聞いたうえで「小学校はあくまで自校でやるしかない」と結論付けた。答申という形で市教委に提出しているのでこの結論は重い。
なぜ「他校ありき」だったのか
ところが長浜小の校長は、プールのろ過設備が故障した当日に他校のプールを使う案を市教委に伝えていた。詳しくは次回以降に書いていくが、市教委が修理費用や修理日程を見積もる前に他校のプールを使う方向で進めていた。このことは高知市教委が作成した資料にそう書かれている。半年前に答申が出たばかりなのに、なぜ「他校ありき」の判断を下したのか。その判断をなぜ市教委もすぐに認めたのか。校長が「検討委員会」の答申を知らなかったはずはない。長浜小の校長は市立小を代表する形で検討委員会の委員に就任していたからだ。校長も、市教委も、答申はもとより論議の経緯を熟知していた。
「こんなはずではなかった」という懸念
真摯に調査しようとすればするほど責任問題には触れざるを得ない。うがった見方をすれば、だからこそわざわざ「責任追及をしない」と明記した可能性すらある。調べられる側の教育委員会が委員の人選や目的を決めた以上、そう思われても仕方ない。
8月24日の第1回委員会は7人ほどの市議会議員も傍聴し、完全非公開が決まったあとに退席を求められた。市議会議員の中からは「密室で論議するのはおかしい」「市民はこの問題を真剣にとらえている。議員としても動くしかない」という声も出ている。背景にあるのは、報告書ができるのをじっと待つだけでは議員の役目を果たせないという思い。全く瑕疵のない児童が、自分の身長以上の深さのプールで泳ぐことを指示され、その授業中に命を落としているのだ。肝心なときに議員の役割を果たせなければ、子どもを持つ親たちの不安に応えることはできない。なにより亡くなった児童に顔向けができない、と。
NewsKochiが検証を進めようとするのも同じ考えからだ。万が一、玉虫色の報告書ができたあとで「こんなはずではなかった」と言ったところで間に合わない。事故検証委員会は教育委員会に報告書を提出するだけの付属機関であり、肝心かなめの責任問題に触れない恐れがある。最もよくないのは漫然と報告書を待つことだ、少なくとも疑問点を列記するだけはしてみよう、と考えている。(続く)