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なぜ学校で…。高知市立小プール死をめぐる疑問㉗思いのこもった6人の言葉

2024年7月5日、高知市立長浜小学校の4年生が市立南海中学校で行われた水泳の授業中に溺れて亡くなった。翌月に立ち上がった第三者委員会(高知市立長浜小学校児童プール事故検証委員会)が市教育委員会に報告書を提出したのは2025年3月31日。提出後の同日午後、検証委員は市の会議室で記者会見を開いた。(依光隆明)

事故当日の南海中プール(高知市立長浜小学校児童プール事故検証報告書より)

報告書に血が通った

これまで分析したように、報告書の特徴は事故の直接的な原因を詳細に追求したことだ。長浜小学校のプール故障がきっかけとなり、まるでドミノ倒しのようにミスが重なっていく。それを一つ一つ、誰がどう動き、どう話したのかを明らかにしながら解明した。そこまで踏み込んだ動機は再発防止にほかならない。報告書は疑問を感じたときに現場が立ち止まることを求め、水泳授業を具体的にどう改善したらいいかを提言した。つまりミクロの目による原因究明と再発防止策の立案に力を注ぎ込んだ。

報告書の特徴はもう一つある。被害者の人格をくっきりと浮かび上がらせたことだ。単なる「長浜小学校4年生男子」ではなく、「長浜小4年の松本凰汰(こうた)さん、9歳」として凰汰さんの日常生活やその元気で明るい性格まで書き込んだ。松本凰汰という人格あるリアルな小学4年生を犠牲者に据えたことで、報告書に血が通った。凰汰さんの命の重さと、ミスを重ねた判断の軽さとの落差が際立つことにもなった。

中内功委員長(右)と松井敦典副委員長

決して目を離してはいけない

記者会見の最後、委員6人全員(広瀬大祐委員=医師=は所用で途中退席)がひと言ずつ思いを述べた。聞き取りや調査など、委員は7カ月にわたってこの事故の検証に関わっている。保護者や市民、教育現場に向けた6人の言葉には各人の思いがこもっていた。必要な言葉を添えながらできるだけ忠実に掲載する。

中内功委員長(弁護士。高知弁護士会)

報告書の最後の部分、再発防止策の最後も私が書いたんですけど、やはり水の事故というのは息ができなくなったら誰だって死ぬんです。だから目を離すなんて決してしてはいけない。プールの中では命の危険は常にあって、その危険性は一瞬で現実化するんです。長浜小4年の担任の方だけじゃなくて、その認識を全体が持つ必要があると思います。そこを私は強調したい。

松井敦典副委員長(鳴門教育大学大学院学校教育研究科教授)

副委員長をさせていただいている松井です。教員養成という観点から言うと、やはり安全な授業をすることが必要。それから水泳学習の系統性をしっかり考えて、先を急がないこと。報告書の176ページに図があるんですが、け伸びバタ足っていうのは「移動」をするための学習内容ですね。それを練習する以前にやっておくべきことがあって、そっちをやらないで移動を教えること自体が順番としてあまり適切ではないのではないかと。最初に必要なのは要するに呼吸の仕方、姿勢ですね。

水泳授業の一般的な手順(長浜小学校児童プール事故検証報告書176ページより)

「泳げる」の前に「浮く」ことを

移動ではなく、その場で無事にいられるか。その場で水に浮いていられるか。必要に応じて少しずつ移動して安全なところまで移ることができるか。「伏し浮き」や「浮いて待て」というパターンがあるんですが、そちらをしっかりやった上での泳ぎができていれば深いプールであってもある程度対応できるはずだと思います。

学習指導要領に新しく入ったものに安全を担保するための運動があります。5、6年生からあるんですが、実は5、6年生じゃなくて1、2年生から必要なことなんです。そのような安全のための運動は初心者からやるべきなんだっていうことを大学でも教えますし、教育課程でもそのようになっていってほしいと思っています。以上です。

松本貴行委員

一日たりとも凰汰君を忘れたことがない

松本貴行委員(成城学園中学高等学校専任教諭・公益財団法人日本ライフセービング協会副理事長・教育本部長)

私どもの任期は本日付で終わりますが、凰汰さんの命は決して戻ってこない。ご遺族の深い悲しみも一生癒えることはない。そのことを、ここにいるすべての方々を含め、我々も、教育関係者も、受け止めなければならない。教育現場で1人の命が失われたということを、非常に大きく受け止めなければいけないと思っています。

この任を授かってから1日たりとも凰汰君のことを忘れたことがない日々を過ごさせていただきました。明らかになった事故原因を踏まえ、子供の命を守るという観点、さらには先生方も守るという観点で再発防止策をしっかりと伝えていかなければいけないと思います。全国に伝えていかなくてはいけないと思っています。伝える際に凰汰さんの命をどう吹き込んでいくかというところを、今回私がライフセーバーであり、教員でありという立場で、使命として行わせていただきました。

今回の事故は、水泳の授業を自校プールでできないというところから始まりました。事故を未然に防げる場面はたくさんあったと思います。小学4年生の水泳授業を中学校のプールでやるという計画等について、立ち止まって考える。溺れを防ぐことができたポイント、さらにもっと早く凰汰さんを見つけてあげられるべき安全対策。そういった安全網がすべて抜け落ちてしまったところがこの事故の大きな問題だと思います。これを偶然だと思ってはいけません。どの授業でもあり得ることだという危惧を持たなければならないし、しっかりと警笛を鳴らしていかないといけません。では水泳の授業をやらなければいいじゃないか、という展開になるのも間違いです。日本は四方を海に囲まれ、川も流れ、水との接点がたくさんあります。しかも水泳授業の必要性は南海中の生徒たちが犠牲となった国鉄連絡船の紫雲丸事故を気運として高まってきた。その原点、水泳授業の原点回帰に立ち戻らなければいけないんじゃないかと、今回の事故を受けて私は思います。以上です。

皿田幸憲委員

書きながら涙ぐむ

皿田幸憲委員(弁護士)

私自身にも同じぐらいの年齢の子どもがいまして、小学校に通っています。まず報告書を決める議論をしながら印象に残っているのが、遺族の方からの「最後の凰汰さんの姿を書いてほしい」というお話でした。それで凰汰さんのことを詳しく書いたんですが、書きながらちょっと涙ぐむといいますか、私自身にとっては極めて大きな出来事でした。この事案に関わったことはもう一生忘れることができないのかなという気持ちでおります。

今回の事故は本当に立ち止まられるところがたくさんあって、「なぜそこでそういう判断なのか」とか、「なぜそこでもっと大きなこととして受け止められなかったのか」というところがたくさんあって、そこが本当に後悔として残ります。

しかしこのようなことはどこでもまだあり得るのではないと思います。報告書には提言をいろいろ書いていますが、これを本当に現場の先生方、教育委員会は真摯に胸に刻んでもらいたい。二度とこういうことを起こしてほしくないというふうに思いながら、私は報告書を書いていきました。以上です。

斎藤秀俊委員

最後の砦はゴーグルでの水中確認

斎藤秀俊委員(長岡技術科学大学大学院教授、一般社団法人日本水難学会理事)

今回の問題の一つとして水中での発見が遅れたことがありますが、過去の7歳ぐらいのお子さんがプールで亡くなった事故も全部そうなんですね。発見の遅れです。報告書にも書いてありますが、水の中の3mぐらい先に沈んでいる人は見えないんです。だから何もよそ見していたわけではなくて、実際に見えていないんです。実を言うと、ゴーグルをして、ちょっと水中を確認してもらえば見える。

万が一溺れても、ここのところでこうすれば助けることができるというのがあって、それを全部守っていただければ重大事故までいかないのですが、今回のようにいろんなことが重なってしまって最後の最後までいったとき、本当にもう最後の最後で救うとすれば、頻繁に水の中をゴーグルで見ると。水の事故を立ち切るためには、特に水泳指導者の皆さんがもうしょっちゅう水の中を確認すると。これが最後の砦になるところだと思っていただきたい。今回の事故を今後の教訓にしていただければと思います。

石丸茂偉委員

スローガンに魂を吹き込むのは人

石丸茂偉委員(高知臨床心理士会会員)

そうですね、お伝えしたいことは主に2点あります。先ほど委員の方からも紫雲丸の話が出ましたけれど、そのような水難事故を踏まえて水泳授業をやる、学校教育に取り組んでいくとなった地域に長浜小学校はあります。毎年5月11日には高学年は南海中学校に行って慰霊式に参加します。紫雲丸の事故の教訓から命を大切にしようという、そういう教育をやってきたんですが、今回検証をさせていただく中で、安全な授業を優先するよりも泳げるようになることに意識が向いていたと言わざるを得ないかなと思っています。命を大切にしようというのは当たり前のことですが、スローガンに魂を吹き込むのは人です。命を大切にするという原点に立ち返っていただきたいと思っています。これが一点目です。

もう一点はSOSの問題です。検証委員を受けて一番最初に思ったのが、怖いというSOSをきちんと拾い切れていなかったということ。これは心理の立場から言うと、結構大事なポイントかなとずっと考えていました。

いろんな場面でSOSが出ていたんですね。それが届いてはいるけれど、キャッチできていなかった。そこが残念で、仕方なくて。伝え方であったり、何かそのSOSを出して、怖いとか助けてとか、授業やめた方がいいんじゃないとか、いろんなことを言って、それがどういうふうに相手には伝わっていたのかなと。伝え方であったり、それを受け取った側の対応であったり、何かそういうところに今回いろんな問題があったのではないかなと思います。この件に携わる方、学校教育のすべての方と言ってもいいと思うんですけれど、そこをしっかりと受け止めていかないといけないなと個人的に思っています。以上です。

事故当時の水深と凰汰さんの身長などの模式図(長浜小学校児童プール事故検証報告書より)

立ち止まる勇気を

高知市は2025年度から水泳授業を行うことを明らかにしている。

マニュアルを増やすだけであれば、おそらく「どこでもあり得る」「まだ起き得る」という委員の懸念を払拭することはできない。ではどうすればいいのか、というヒントは「SOSを受け止める鋭敏な感覚」と「疑問を感じたときに立ち止まる勇気」かもしれない。少なくとも検証委員一人一人の思いを教育に携わるすべての人が真摯に受け止める必要がある。=シリーズ終わり。大きな動きがあれば続編を掲載します。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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