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よみがえる物部川⑦皆伐、植林するものの…

シカの食害によって物部川源流域では負の影響が噴出した。土砂の流出、保水力の低下、希少種の減少、植生の変化、景観悪化などなど。2008(平成20)年、シカ捕獲作戦がスタートする。(依光隆明)

依光良三さん(高知県香美市物部の別府峡付近)

山の地下水が減った

「すごいですよ、群れが来たときは」と依光良三さんが言う。すごいのは食害のスケールだ。依光さんは長く高知大教授(専門は林業経済)を務めたあと、現在は名誉教授。最近まで民間団体「三嶺の森をまもるみんなの会」の代表を務め、物部川上流域に広がる山々の変貌ぶりを見続けてきた。シカの食害によって、「山の保水力は落ちるし、山を土砂の供給源にした」と依光さんは指摘する。植生がしっかりしていれば腐葉土層が雨を保水してくれる。植生がなければ雨は表面を流れ下る。流れる速度も速い。「沢抜けと言いますか、普段水が流れないところ、凹みに水が集中するんです」。水が集中したところは土がえぐられる。土砂をさらいながら流れ下る。土砂の供給先は物部川だ。土砂の堆積と濁りで物部川の相貌も変化した。川の生き物も減った。「濁水になりながら一気に水が出るんです。じわじわと湧き出る地下水が少なくなった」

地下水が少なくなった原因の一つは表面を流れ下る水の多さ。もう一つ、木が蒸発散する水の多さも原因だとみられる。依光さんは「上流部には50~60年生の木が多いんです。まだまだ成長途上の木なので、水をたくさん吸います」。水を多く吸うということは、蒸発散量が多いことも意味する。「通常、蒸発散量は降った雨の3分の1なんですが、4割を超えているかもしれません」。地下水の量が少ないということは、山の保水力が低下したということだ。じわじわと時間をかけて流れ出る湧き水が少ないことも意味している。雨が降れば川の水量は一気に増え、少し干天が続けば渇水になる。

物部川の上流域。三嶺付近から物部川本流と上韮生川とに分かれて流れ下り、永瀬ダムに至る=Google Earthより

1㌔平米当たり80頭が20頭に

シカの食害をどう防ぐか。対策の一つが環境省の「個体数調整事業」だった。依光さんによると、三嶺周辺では2008年からシカの捕獲が始まった。ハンターが標高の高い地点に並び、低い地点から猟犬がシカを追う。逃げてくるシカをハンターが上から撃つ。これによってシカは急速に減った。撃たれて駆除されるシカも多いが、他の地域に去ったシカも多い。「ピーク時に1㌔平米当たり80頭だったものが、今は20頭にまで減りました」。

減りはしたものの、いなくなったわけではない。食害もなくなっていない。2025(令和7)年の12月末、依光良三さんと一緒に物部川上流域を見て回った。物部川をさかのぼっていくと、徳島県境の手前で本流は三嶺の方向に曲がる。曲がった先が別府峡なのだが、その手前で何度か車を止めた。依光さんが指さすのは皆伐、つまり木をすべて伐採した裸地だ。いずれの場所も数年前に皆伐したらしい。皆伐のあとには植林が行われている。この辺りはスギが多い。数十年後、大きく育ったスギを伐採できれば林業経営が成り立つのだが…。

皆伐後の山肌に林立する植生保護管。順調に苗が育てば管の上から顔を出す。苗が育っている管は少ない(香美市物部)

まるで墓標のよう

望遠レンズでよく見ると苗ではなく白いポール状の物体が立っていた。多い。まるでずらりと並ぶ墓標のようだ。その墓標はしかし、倒れたり傾いたりしたものが多い。「倒れてますねえ」と依光さん。「強い風が吹いたら倒れるんです。苗が育っているのは…下の方にちょっとありますね」

白い物体は植生保護管と呼ぶ。苗の新芽や葉はシカの大好物。食べられたら苗木は枯れるので、シカに食べられないために一本一本の苗木に植生保護管をかぶせなければならない。1本約2000円で、長さが約70㌢。これをかぶせてシカの食害から苗を守るのだが、ことは簡単ではない。植生保護管が苗木ごと風で倒れることがある。植生保護管をかぶせていてもシカが上から首を突っ込んで芽を食べることもある。苗が育ったあとは植生保護管を一本一本外さないといけない。効率は悪い。

順調に育った苗は植生保護管の上からもっこり緑の葉がのぞいている。ただし数は少ない。うまく苗が育っていない植林地を見て回ると、どこもユズリハとミツマタがまばらに生えていた。この二つはシカが食べない。だからユズリハとミツマタだけはすくすくと育つ。

植生保護管が並ぶ皆伐地に生えた緑の灌木。これはユズリハらしい(香美市物部)

防鹿柵の中で暮らす

依光さんによると、植林ができないままだと10年後から山は崩れ始める。「皆伐することによって得た収入と植林のための支出はほぼイコールです。その上に治山工事の費用がかかりますから、大赤字」と依光さん。植林エリアにシカが入らないように防鹿柵(ぼうろくさく)を張る手もあるが、どこか一カ所が破られたら効果はゼロ。風や雪で柵が倒れる恐れもある。防鹿柵が目立つのは植林地よりも民家周りだ。民家の周りを防鹿柵で囲い、シカが入ってこないようにしている。山はすっかりシカのものとなり、人は防鹿柵で囲まれた中でひっそりと暮らす――。実際はそこまでではないだろうが、そんなせりふが頭から離れない。(つづく)

(C)News Kochi(ニュース高知)

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