2005(平成17)年9月、物部川最上流の別府峡筋を累積雨量1000ミリの集中豪雨が襲った。荒廃が進む森林は表層の土を保持することができず、大量の土砂が土石流となって物部川に流下した。被害を深刻化させたのは、表層だけではなく「深層崩壊」まで起きたことだ。深層崩壊は山腹自体を崩落させる。厄介なことに、その原因はこの地域独特の地質構造に関係していた。(依光隆明)

香美市物部、中尾地区の深層崩壊現場。既に治山工事は終了している=Google Earthより
1ヘクタール当たり3千トンの雨
2014(平成26)年の砂防学会誌vol.66に「平成17年9月台風14号により高知県物部川上流で発生した深層崩壊発生斜面の地形的特徴」と題する論文が載っている。執筆者は高知大教授の笹原克夫氏と高知大名誉教授の日浦啓全氏、防災科学技術研究所の土志田正二氏。2005(平成17)年9月の集中豪雨によって物部川源流域で深層崩壊が起きたことを指摘、発生メカニズムに焦点を当てたものだ。別府峡沿いにある「中尾」と「中西谷」の2カ所で起きた深層崩壊を分析している。
そもそもどのくらいの雨が降ったのか。論文は〈物部川本川の源流部には地上雨量計がなかったが、稜線を超えた北方2キロに国土交通省名頃観測所がある〉として、そのデータを記載している。9月4日午前零時から7日午前8時までの〈連続雨量は1203㍉、最大時間雨量は75㍉である〉と説明、続けて〈特筆すべきは時間雨量30㍉程度以上の降雨が9月6日午後から深夜にかけて10時間程度連続したことである〉と書く。時間雨量30㍉の雨といえば、土砂降りと表現していい。30㍉が10時間続くということは、1㌶当たり3000㌧の水が降ってきたことになる。
ちなみに深層崩壊について、この論文は以下のような定義づけを行っている。
〈最近では、大規模な山腹崩壊を表す時に、ほぼ同義の用語として「深層崩壊」という用語が用いられることが多い。砂防用語集では「深層崩壊」を「山崩れ・崖崩れなどの斜面崩壊のうち、すべり面が表層崩壊よりも深部で発生し、表土層だけでなく深層の地盤までもが崩壊土塊となる比較的規模の大きな崩壊現象のこと」と定義している。本稿で扱う大規模な山腹崩壊はまさにこの定義に当てはまるものであるため、以降これらを深層崩壊と呼ぶことにする〉

コナラの苗木をシカ害から守る透明のシェルター。治山工事後に植林された=中尾地区の深層崩壊現場
治山工事後に苗木を植林
2025(令和7)年12月、高知大名誉教授の依光良三さんと一緒に物部川源流域の山を見て回った。物部川を源流に向けてたどると、香美市物部別府で国道195号を北に折れなければならない。東北東に向かう国道195号の横に見えた物部川が、別府から先は北北西へと向きを変えて別府峡を形成しているからだ。依光さんの指示通りに走って行くと、大きな崩壊地があった。山腹が大きくえぐれ、傷を手当てするかのようにえぐれたところを大規模な治山工事で固めている。「ここは中尾と言います」と依光さんが説明する。下界に物部川が流れ、谷の向こうには高く美しい稜線が続いていた。「頂上のように見える山の右側が石立山です。そちらが頂上です」
治山工事後の崩壊地を歩く。と、依光さんが歩を止めた。円筒形のビニールに入った小さな木が並んでいる。「植林したあと、シカに食べられないようにしたんですね」。多くの場合、高知県の山々では皆伐したあとにスギやヒノキを植林する。ところがシカが増えすぎたため、シカの群れが片端から新芽や葉を食べてしまう。やがてスギやヒノキの苗は枯れ、植林に失敗した山肌が残る。
山の土壌は木の根っこがしっかり保持するからこそ山に存在できるのであって、木がなければ表土ははがれたり流れたりして落下する。それが山の荒廃につながっていくから、荒廃を防ぐには樹木を育て、根っこに土をつかませることが欠かせない。シカ害を防ぐため、一般には白っぽい植生保護管が使われるが、この崩壊現場では透明のゆったりしたものが使われていた。苗木はコナラだとみられる。枯れた苗木もあるが、ほとんどの苗木はすくすくと育っているように見えた。

産総研の5万分の1地質図に地名などを書き入れた。赤い線が仏像構造線。中尾の崩壊地は仏像構造線上だった
最大崩壊深20㍍、平均勾配30度
「平成17年9月台風14号により高知県物部川上流で発生した深層崩壊発生斜面の地形的特徴」は、この崩壊をこう書いている。
〈中尾の大規模崩壊は北北西向き斜面上で発生し、長さ200㍍で下端での幅170㍍、最大崩壊深20㍍、そして平均勾配30度であった。ただし現地調査時(平成17年9~12月)には斜面脚部には崩土が厚く堆積して埋められていたので、実際の崩壊部の長さはより大きいものと考えられる。崩壊土量は17万立方㍍程度と推測される〉
地質面の特徴は、崩壊地が仏像構造線上に位置していることだ。論文は〈仏像構造線は本地域(注・物部川源流の別府峡付近)の南端付近で、ちょうど今回の対象である「中尾地区」の深層崩壊付近を通過すると考えられる〉と書く。「仏像」の由来は土佐市の地名。中央構造線と同じように日本列島南部を走っている構造線だ。
では構造線とは何か。日本列島はプレート運動でできた。高知県であれば、1年に数センチというフィリピン海プレートの動きが地震を起こし、陸地を作ってきた。プレートが土佐沖で地球深部に沈み込む際、プレート上の堆積物がはぎとられて陸地に付加する。ざっくりといえば、それが高知の大地をつくり上げた。しかしそれだけではない。日本列島の生成には地殻ブロックの横ずれ運動や火山活動などもかかわっている。それらによって生まれたさまざまな地質帯が複雑に重なり合うのが日本列島だと言っていい。だから日本列島にはたくさんの地質の帯がある。四国でいえば、南から「四万十帯」「三宝山帯(秩父帯南帯)」「黒瀬川構造体(秩父帯中帯)」「秩父帯北帯」「三波川帯」「領家帯」など。その中で四万十帯と三宝山帯を分けるのが仏像構造線だ。異なった動きをしてきた地質帯の境界にあるため、その部分の岩石は破砕されているケースが少なくない(断層破砕帯と呼ばれる)。岩盤と比べると、破砕帯は脆(もろ)い。地質的弱部と呼ばれるその脆い部分を、仏像構造線も持っている。

2006年7月、熊本県球磨村で発生した深層崩壊。仏像構造線から崩壊が始まっていた=「九州南部の大面積皆伐跡地周辺域における斜面崩壊の実態」より
発生頻度は低いが、規模が大きい
2009(平成21)年の砂防学会誌vol.62に「九州南部の大面積皆伐跡地周辺域における斜面崩壊の実態」という論文が載っている。熊本県球磨村の斜面崩壊現場に関する考察で、執筆者は森林総合研究所九州支所の宮縁育夫氏と熊本大学教授の田中均氏。皆伐跡地とその周辺域で起こった崩壊について、この論文は3タイプに分けている。Type1は林道や作業路の切り取りのり面。Type2は切り取りのり面とは反対側の路肩や盛土部分の崩壊。いずれも伐採時に造った作業道が崩壊の原因を作っていた。これらに対し、Type3は作業道とは全く関係のない崩壊だ。論文はこう書いている。
〈権現山皆伐跡地周辺の斜面では、Type3に分類される崩壊がいくつか認められた。まず皆伐跡地の北西側に隣接する南東向き斜面では、幅10㍍以内、長さ20㍍程度の細長い崩壊が数箇所発生していた。この斜面には仏像構造線が走っており、それらの崩壊は仏像構造線に沿った破砕帯の部分で起こっていた〉
続いてこう書く。
〈権現山皆伐跡地から北北東1㌔の南東向き斜面では、深層崩壊が存在している。この崩壊は2006年7月の豪雨で発生したもので、大きさは幅70㍍、長さ数100㍍、深さ5~10㍍程度であり、多量の不安定土砂を生産している状況であった。崩壊した部分には仏像構造線が通っており、地質は上部が三宝山帯の石灰岩、下部は四万十帯の破砕された砂岩・泥岩互層からなっていた〉
Type1や2に比べてType3の発生頻度は〈著しく低いが、規模が大きいことが特徴である〉とも指摘し、〈こうした崩壊は仏像構造線やそれに付随する断層沿いで発生している傾向にある〉と書いている。

「平成17年9月台風14号により高知県物部川上流で発生した深層崩壊発生斜面の地形的特徴」より。航空レーザー計測したデータに香美市物部の中尾崩壊地を手描きの黒線で示している。最下段の赤線が仏像構造線だ
「破砕帯内で豪雨時に間隙水圧が上昇」
「平成17年9月台風14号により高知県物部川上流で発生した深層崩壊発生斜面の地形的特徴」は、物部川上流・中尾地区の崩壊地に仏像構造線のラインをつけたデータを載せている。熊本県球磨村の崩壊と同じく崩壊地の上端付近を仏像構造線が通っている。どういうメカニズムで深層崩壊が起こるのか、については「九州南部の大面積皆伐跡地周辺域における斜面崩壊の実態」がこう書いている。
〈崩壊した斜面は、上部が三宝山帯の石灰岩、下部が四万十帯の砂岩・泥岩互層という岩相の異なる地質で構成されており、両者の間の破砕帯内で豪雨時に間隙水圧が上昇するなどして深層崩壊が発生したものと推定される〉
「両者の間の破砕帯」というのは仏像構造線のことだろう。仏像構造線イコール破砕帯ではないが、破砕帯となっている場合がある。破砕帯に豪雨が降り続けると、深層崩壊を招く可能性があるということだ。

仏像構造線などを書き入れた四国のランドサット断層図。「全国有数の地すべり地帯」と警戒を促している=国土交通省四国地方整備局のホームページより
崩壊起こす条件そろう
厄介なことに、高知県は物部川上流から高知市を通って檮原方面にまで仏像構造線が通っている。そればかりではなく御荷鉾構造線(三波川帯南縁~秩父帯北縁付近の境界域にある断層・構造線群)も、嶺北地域から仁淀川町にかけて通っている。仏像構造線と同じく、御荷鉾構造線も破砕帯を伴っている。
高知県の雨量は全国トップクラス。集中豪雨に見舞われることも少なくない。山中には破砕帯がたくさん走っていて、しかも山の傾斜は険しい。崩壊を引き起こす条件はそろっている。森が荒れることで崩壊の危険はさらに高まっていく。(つづく)
















