2024年3月18日、神奈川県議会の環境農政常任委員会(古賀照基委員長・立憲民主党)は、森林整備に関する県の補助制度を高知県並みの「事後申請OK」に、という事業者の陳情を全員一致で「不了承」とした。禍根を残したのは、所管課の説明が不正確だったこと。中山間を支えようとする小規模林業事業者にとって、極めて残念な結果となった。(坂巻陽平)
交付決定後の着手では遅いのだが…
陳情の内容は、県の林業補助制度への事後申請方式の導入。森林整備に関する県単独補助制度の「協力協約推進事業」を使う場合、事業者は補助金の「交付決定」が出るまで作業に取りかかれない。交付決定が秋にずれこむこともあることから、事業者は仕事の計画が立てづらいのが実情だ。森林整備は年度内に終了させなければならないので、短期間に事業を終える必要にも迫られる。無理な作業は危険を倍加させる。
これに対し、国の「造林補助」制度は交付決定前の事業着手を認めている。背景には森林整備の特殊事情がある。よほど機械化されていないと、森林整備には時間がかかる。工期に余裕がなくなれば、事故のリスクが上がる。
具体的には、森林整備が完了してから補助金を申請する方式。事後申請方式と呼ぶこのやり方は、高知県や東京都の森林整備事業でも取り入れられている。小規模林業事業者にとって、工期に余裕を持って森林整備に取り組めるメリットは大きい。神奈川県でもぜひ事後申請方式を、というのが陳情の主旨だった。
林業の特殊性に目を向けるか、向けないか
この日、陳情内容について委員から質問を受けた井出博晶・水源環境保全課長は「協力協約」が県独自の補助事業であることを強調した。「交付決定後の着手」が県の補助事業の原則。他の補助事業と横並びで運用するのが当然だ、という論旨である。問題発言が出たのは、高知県と東京都が事後申請方式を採っていることに言及したときだった。同課長は「(高知県や東京都は)全国一律の運用で行っている造林補助事業の枠組みの中で行われている単独事業。国庫(造林補助)に加えて県が財源負担している」と説明した。
ところが高知県と東京都の担当者によると、どちらの補助制度にも「造林補助」への上乗せに加え、「造林補助」とは別枠の補助メニューも用意されている。独自に作った要綱に従って補助を出すのも神奈川と同じ。神奈川の「協力協約」と本質的な違いはない。そもそも高知県にしても東京都にしても、補助事業は事前申請が当たり前なのである。ただし林業だけは、極端に天候に左右される点や作業の危険性を考えて事後申請方式にしている。つまり林業が特殊だから特別扱いしているにもかかわらず、井出課長は「国の事業か県の事業か」に論点をずらしていた。
「季節性があり、きちんと積算できない」
国の「造林補助」が事後申請方式を認めている経緯についても井出課長はその一部の理由しか説明しなかった。井出課長の説明は、「全国的に補助交付件数が極めて多く交付決定が遅れる恐れがあることなどから、林野庁がその運用を通知して例外的な取り扱いとしている」だった。
確かに交付決定の遅れを懸念したのも一つの要因だが、本質的な理由は林業の特殊性である。取材に対し、林野庁企画課はこう説明した。「森林の作業には季節性の部分があり、きちんと積算ができない側面がある。天候や山の条件などいろいろな諸事情があって事後申請方式を認めている」。大自然が相手なので、森林整備には事業変更がよく起こる。そのために作業完了後の補助金申請を認めている、ということだ。高知県など各自治体もそれにならった形で制度を運用しているのだが、井出課長はその点を一切説明しなかった。
「協力協約」について、井出課長は「円滑に運用を行っている。市町村や林業事業体から事後申請方式への変更要望はない」とも述べた。課長が口にした林業事業体とは大規模事業者のことにほかならない。
神奈川県では森林組合や大きな林業事業体に限定し、森林所有者と森林整備に関する契約(10~20年)を交わす「長期施業受委託」という補助メニューがある。人員を確保できる大きな事業体であれば、「長期施業受委託」と「協力協約」を組み合わせて森林整備を進めることができるのである。しかし小規模事業者ではそれは無理。人員が乏しい小規模な事業体が収益を上げようとすれば、「協力協約」の補助が欠かせない。
中山間を支えていくのは誰だろう
近年、森林資源が豊富な神奈川県西部では、小規模•副業的に林業に参入しようとする動きがある。その傾向は高知県のような林業県でも顕著で、中山間地再興の鍵になるという見方もある。「林業女子」という言葉が生まれたように、全国的にも若い女性やUターン、Iターン組が小規模な形での林業を志すケースもある。
今回の陳情の背景には、そういった人たちに目を向けてほしいという願いがあった。工期に余裕を持ちながら安全に作業する。併せて安定した収入を確保し、中山間地の再興に寄与しようというものだ。しかも何ら財源負担を求めるわけでもない。危険回避のため、高知県などと同等の「事後申請方式」を認めてほしい、というだけである。しかし神奈川県は林業の特殊事情に寄り添うことなく、「(補助金は)円滑に運用されている」と切り捨てた。委員側からも特記すべき質問はなかった。