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高知県の行政不服審査を検証する➀「認容」と「容認」は意味が違う

情報公開制度に沿って県や市が開示した内容に住民が不服申し立てをしたら、どのように審理が進むのか。高知県教育委員会に情報公開請求をしたことをきっかけにさまざまな問題点を痛感した県民の体験を紹介する。驚くべきことに、県自体がその仕組みを十分理解できていないことも浮き彫りになっていく。(依光隆明)

「高知県個人情報保護審査会に諮問」と定めた県個人情報保護条例33条。ネット上には今もある

個人情報保護審査会は存在しなかった

行政の処置に住民が異議を唱える場合、行政不服審査法に基づく不服申し立てという手段が用意されている。行政にその旨を申し立てると(審査請求と呼ぶ)、行政は行政不服審査会に諮問する。つまり第三者的機関の意見を聞く。ただし情報公開に関する内容であれば行政不服審査会ではなく情報公開・個人情報保護審査会に諮問されることになっている。高知県を調べると、県個人情報保護条例に「不服申立てがあった場合は、当該不服申立てを却下するときを除き、速やかに、高知県個人情報保護審査会に諮問」すると定められていた。

仮にAさんとしておこう。県内に住むAさんは県立学校が行った処置に疑問を持って県教育委員会に情報開示請求を行った。処置を下すに当たって校長が読み上げた文書の開示を求めたのだが、県教委の判断は「非開示」。それはおかしい、開示するのが当然ではないかとAさんは県教委に審査請求をした。2024(令和6)年初めのことだ。開示非開示の決定をした機関を処分庁と呼び、不服申し立てを裁決する機関を審査庁と呼ぶ。Aさんのケースでは処分庁も審査庁も県教委だった。News Kochiでは高知市を例に挙げて処分庁と審査庁が同一というおかしさを指摘したことがあるが(2025年2月24日の「黒塗り防止の歯止めになるか。高知市の審査会を検証する」)、Aさんもおかしさを感じた。

審査に当たり、審査庁は審査会に諮問をすることになっている。県教委が諮問したのは県行政不服審査会(委員5人)だった。県個人情報保護条例では県個人情報保護審査会に諮問することになっているのに、なぜ?となるのだが、これは県個人情報の保護に関する法律施行条例でそのように定められているから。ネットで県の条例を渉猟すると、個人情報保護条例では個人情報保護審査会に諮問すると定め、個人情報の保護に関する法律施行条例では行政不服審査会に諮問すると定めている。どういうことかと首をひねりながらも、条例の施行時期を調べることで解決がついた。個人情報保護条例の施行が2007(平成19)年で、個人情報の保護に関する法律施行条例が2023(令和5)年。後者の施行に合わせて前者は廃止されていた。県法務文書課によると、2023年度に条例ではなく国の法律(個人情報の保護に関する法律)の下で行うことが決まったらしい。全国の自治体が一律でそうなったため、各自治体の個人情報保護条例は廃止となった。県個人情報保護条例は今もネット上に存在するから勘違いしたのだが、現実にはその条例はもう存在しない。当然、県個人情報保護審査会も存在しない。

複雑なのは、審査請求に関する諮問が県公文書開示審査会(委員10人)に回されるケースもあることだ。法務文書課によると、公文書開示請求に関することは公文書開示審査会、個人情報に関することは行政不服審査会。それぞれ県情報公開条例と県個人情報の保護に関する法律施行条例を根拠に審査する。どちらの審査会に諮問するかは審査庁が決めるのだが、明確な線引きはないらしい。

行政不服審査のルート。教育委員会の場合は審理員は必要ない=県のホームページより

教育委員会は審理員なし

審査請求を受けたとき、審査庁は「審理員」を決めなければならない。責任を持って審理を主導し、審理員として意見書も作る。各部ごと、事前に審理員候補は決まっていて、高知県の場合は各課の課長補佐または室長がその任に当たる。ただし当該審査請求に関する処分に関与している職員はその任に就けない。そうやって公平性を担保するのだが、教育委員会の場合はそもそも審理員を決めなくてもいいことになっている。正確には合議制の機関が審理庁となる場合は審理員を決める必要がない。

一般に審理庁は知事や市長らの個人名になっている。が、選挙管理委員会や公安委員会などの合議機関が審理庁となる場合もある。合議機関が審理庁となったときにはなぜ審理員が必要とされないのか。大きな理由は、そもそも合議でものごとを決めているので一方に偏ることがないためらしい。しかしそこに教育委員会が当てはまるのかどうかは疑問符がつく。教育委員会の膨大な事務を処理しているのは教育委員ではなく教育委員会事務局だからだ。教育委員会が開かれるのは月に1~2回。審査請求の対象となるような処置一つ一つを合議で決める体制にはなっていない。

教育委員会に限っては責任者も明確になっている。以前はともかく2014(平成26)年の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」改正によって教育委員長という存在が消え、教育長が教育委員会を代表するようになった。名実ともに教育委員会の責任者だ。ならば審査庁に教育長を充ててもいいように思うのだが、審査庁は教育委員会という合議体だと決められている。だから審理員を置かなくてもいい。

先に触れたように、審査請求の対象となった処分(開示非開示の決定)と少しでも関わりがある職員は審理員にはなれない。関わりが予想される職員を取り除くことを除斥と表現するのだが、厳格な除斥によってクリーンな審理員を選ぶ。これが根本原則になっている。対照的に、審理員を決めなくてもいい機関についてはそこが明確になっていない。そのあいまいさがAさんの件でのちに大きな問題となる。

県行政不服審査会のメンバー=県のホームページより

「審査請求は認容すべきである」

県行政不服審査会の委員5人は、弁護士が2人、税理士が1人、大学教授が1人、委員長を務める残り1人が元県職員。審査会はおおむね月1回ペースで開かれていて、2020(令和2)年度から22年度の3年間が年11回、23年度が10回、24年度は現在までのところ9回となっている。Aさんの案件は2024(令和6)年度に行われた審査会で審議されていた。校長の読み上げ文書が私文書か公文書(行政文書)かが焦点になったと思われるが、内容は非公開なので全く分からない。審査会が答申を出したのは同年9月だった。結論の文言は、「本件処分に対する審査請求は、認容すべきである」。認容という言葉が重要だ。審査会の答申を尊重しながら審査会が裁決を下すのだが、審査会が下す裁決は「却下」「棄却」「認容」のいずれかとなる。「却下」は申請自体が適法ではない場合。「棄却」は処分庁の決定が正しい場合。「認容」は審査請求人(Aさんのこと)の主張が正しい場合。審査会の答申は「Aさんの主張が正しい」、つまり校長文書は行政文書であると判断した。

答申に至った理由を読むと、審査会が過去の判例に依拠したことが分かる。その上で具体的に検討を進め、「校長が組織の長として、組織の見解を取りまとめた重要な文書であると認められる。したがって、本件文書は、職員個人の便宜のためにのみ作成したものとはいえず」などと指摘。行政文書として必要な要件を満たしているとして、「よって、本件文書は、個人情報保護法第78条第1項の規定(開示義務)により開示しなければならない保有個人情報が記載されている地方公共団体等行政文書に該当すると認められる」「以上、本件処分は、取り消されるべきであり、処分庁は、改めて適正な手続により処分を行うべきである」と結論付けた。

処分庁(県教委)は非開示という処分を取り消すべきである、と行政不服審査会が審査庁(県教委)に答申したわけだ。通常、審査庁は答申通りに裁決を出す。処分庁と審査庁が同一の場合、裁決を受けて処分庁が迅速に非開示処分を取り消すことになる。Aさんが混乱するのはここからだ。

2024年9月に出た行政不服審査会の答申。結論は「認容」だった

「本件審査請求を容認する」

審査会の答申から1カ月後の2024年10月、審査庁(県教委)はAさんと処分庁(県教委)に裁決を下した。裁決を待っていたAさんは絶句するほど驚いた。主文にこう書かれていたからだ。

「主文。本件審査請求を容認する」。先に書いたように、裁決は「却下」「棄却」「認容」の3種類だ。容認とはどういうことか。認容は行政用語、法律用語であり、「正当であると認める」という意味を持っている。容認は一般社会で普通に使われる用語で、どちらかといえば「消極的に認める」という意味合いが強い。つまり認容と容認は意味が違う。

末尾の「教示欄」まで読んでまたAさんは驚いた。そこには裁決に不満だったら高知県を被告として裁決取り消しの訴えを提起できることが書かれていて、「訴訟において高知県を代表するものは高知県教育長となります」とあった。Aさんが戸惑ったのは次の記述だ。処分の違法を理由とする場合、「訴訟において高知県を代表するものは高知県教育委員会となります」と書かれていた。高知県を代表するのは教育長?それとも県教委?裁判を起こすとしたらどちらを被告にしたらいいの?文書を読みながら、Aさんはその不明瞭さに憤りすら覚えた。(続く)

(C)News Kochi(ニュース高知)

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