政治

ほん。札幌に警察の不祥事を追う記者がいる

札幌市に住むフリーの記者、小笠原淳さんは魅力的な人物だ。人柄も文章も飄々としていながら権力に向かう筆致は超のつく鋭さ。さまざまな媒体に記事を書いているが、その姿勢が最もよく分かるのは2017年9月に発行された『見えない不祥事』(リーダーズノート刊)である。都合の悪い不祥事は徹底して国民に伏せるという非常識な警察の常識を、丹念なルポで世に知らせている。(依光隆明)

『見えない不祥事』。副題は「北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない」

鹿児島から「闇をあばいてください」

2024年3月28日、鹿児島県内から札幌の小笠原淳さんあてに出された郵便物が日本のジャーナリズム史に残る事件につながった。

郵便物を開けると、「闇をあばいてください。」と黒く印字されたA4版のペーパー。続くペーパーには鹿児島県警が秘密にしていた不祥事が列記されていた。小笠原さんは、自身が執筆している福岡市内のニュースサイト編集部にその内容をメール送信する。数日後、その編集部が鹿児島県警に家宅捜索された。捜索令状も見せないまま、不意討ちのように刑事らが押し入ってきたといわれている。パソコン、スマホなどを根こそぎ持ち去った鹿児島県警は、情報提供者を同県警の前生活安全部長だと特定した。前部長は退職したばかりだった。5月、鹿児島県警はこの前部長を国家公務員法違反(守秘義務違反)の容疑で逮捕する。

報道機関を家宅捜索して情報提供者を特定し、守秘義務違反で逮捕するなんて日本では例がない。公益通報の正当性は法で保障されているからだ。なにしろ前部長が漏らしたとされる情報は当の鹿児島県警が伏せこんでいた不祥事である。ジャーナリズム史に残るのはそれだけではない。大手報道機関の多くがまともに報じなかったことで歴史に残る事件となった。小さなニュースサイトへの家宅捜索が、やがて大きな報道機関に向かうのは間違いない。そうなったとき、小さなニュースサイトを守らなかった大きな報道機関を誰が擁護してくれるのだろうか。

「闇をあばいてください」のペーパーを持って鹿児島県警の内部告発文書が届いた経緯を話す小笠原淳さん=2024年7月26日、札幌市内の集会

住所は「北方ジャーナル」編集部

郵便物のあて名は小笠原さんだが、住所は小笠原さんが所属する北方ジャーナル社だった。実は家宅捜索されたニュースサイトは編集部の住所を載せていない。ところがそのサイトに載る小笠原さんの記事は「北方ジャーナル」のサイトに飛ぶことができるようになっている。「北方ジャーナル」のサイトを探すと同社編集部の住所がある。郵便物はその住所に「小笠原淳様」あてで出されていた。あて名の文字もすべて活字。84円切手が貼られていたが、10円不足だった。

小笠原さんは北海道小樽市生まれの55歳。小さいころ札幌市に移り、札幌東高校から小樽商大に進学した。中退してさまざまな職業に就いたあと、日刊「札幌タイムス」の記者に。以来、水を得た魚のごとく活躍する。同紙の休刊もあり、「北方ジャーナル」など多くの媒体に記事を書くようになった。ホームレスと一緒に暮らしたり、裁判所の手荷物検査にメスを入れたり、事件を追ったり、平成職人録を書いたり。守備範囲はかなり広いのだが、中でも特筆できるのは警察不祥事を粘り強く書き続けていることだ。

「北方ジャーナル」のサイト

「今どき、こんな記者がいたのか?」

『見えない不祥事』は、警察が身内の不祥事を隠している構図に鋭く迫っている。といっても筆致はやさしい。自身の行動を縦軸に、警察とのやり取りや開示資料の中身、さまざまなエピソードを絡ませる。糖尿病だとこぼしながら缶ピースを手放さず、酒を愛し、空揚げやザンギ、油淋鶏(ユーリンチー)、大盛り飯に目がない。警察の広報担当者とも普通に話し、気負うでもなく情報公開を注文する。

「清水潔さんに『とにかく食べるシーンを入れろ!』って言われたんですよね」。2024年7月27日朝、『見えない不祥事』を出版したリーダーズノートの木村浩一郎社長に紹介してもらい、札幌で小笠原さんに会った。所用のついでに会おうとしたので時間は少なかった。場所は札幌駅構内のミスタードーナツである。本の筆致から想像した通り、ちょっと無口で腰が低く、飄々とした人だった。ミスタードーナツの雰囲気にも妙に溶け込んでいる。「清水さんに言われたから、あの本には食べるシーンをたくさん入れたんです」

清水潔さんは『桶川ストーカー事件―遺言』や『殺人犯はそこにいる』『「南京事件」を調査せよ』などで知られる著名なジャーナリスト。『見えない不祥事』に「発刊に寄せて」の一文を寄せ、その中で小笠原さんの仕事を高く評価している。一文を清水さんはこう結んだ。〈『今どき、こんな記者がいたのか?』。この言葉は『桶川ストーカー殺人事件』の取材で警察より先に犯人を特定した私に対して、某有名テレビキャスターが発した言葉である。今、小笠原に対して私はこの言葉をそのまま贈りたいと思う〉

ミスタードーナツに戻る。清水さんが〈どうやら健康という概念は持ち合わせていないらしい〉と評した小笠原さんも、50歳代半ばを迎えてさすがに宗旨を少しだけ改めたらしい。「タバコは1年前にやめました」と明かす。「でも、その代わりに甘いものを食べるので…」。糖尿の数値は改善に向かっていないということだ。ただし足腰は衰えていない。取材はもっぱら自転車と公共交通機関。小笠原さんは多くの職業を経験したあと、(吞んでいるとき以外は)24時間西に東に駆け回る記者生活を続けてきた。免許を取りに行く暇もカネもなかった。

「道警ヤジ排除5周年」の記念シンポで話す小笠原淳さん=2024年7月13日、札幌市

「監督上の措置」という欺瞞

『見えない不祥事』の意義は、「見えない不祥事」の存在を世に出したことである。

警察の場合、県庁や市町村、教育委員会と違って警察官が懲戒処分になっても発表しないケースが少なくない(北海道警は35%が未発表だった)。未発表の根拠は警察庁の「懲戒処分の発表の指針」である。ざっくりといえば、〈私的な行為に伴う不祥事で停職以上でない者は発表しなくてもよい〉(『見えない不祥事』より)と自分たちで決めているのである。となると「発表しなくていい」という範囲は恣意的に拡大できる。道警の場合、ひき逃げや強制わいせつ、住居侵入を犯した警察官も発表されていなかった。

さらなる問題は「見えない不祥事」だ。その名は「監督上の措置」。懲戒処分にもなっていない案件をそう呼ぶ。発表もしないし、場合によっては資料も残さない。小笠原さんはこの問題をえぐり続けることになる。

「監督上の措置一覧」を情報公開請求すると、処分内容、処分年月日、処分量定(訓戒や注意など)、所属(警察本部か警察署か)、階級が開示された。信じられない事案がたくさんあった。同僚へのストーカー行為、勤務中に巡査長と巡査が「不適切な行為」、飲酒して同僚に暴行、賭博行為、一般女性へのストーカー行為、ひき逃げで相手が負傷…。過失運転致傷のうえ逃走していたら普通は逮捕、懲戒免職である。ところがこのケースは本部長訓戒だけ。懲戒処分にすらなっていない。ストーカー行為も暴行も同様だ。警察は身内を懲戒処分にしないし、発表もしない。半面、警察が連日のようにリリースする報道メモにははるかに軽微な容疑で一般人の実名が載せられている。あたかも重罪人のように。小笠原さんは頭がくらくらした。

こんなことがほかの警察でも行われているのだろうか、と小笠原さんは考えた。疑問を持ったら調べるしかない。小笠原さんは警察庁と46都府県の警察本部に文書開示請求書を郵送した。「求める文書」として記したのは前年1年間の「懲戒処分と『監督上の措置』の概要が分かる文書」。所定のコピー代、郵送料を払うと開示資料は次々と届いた。

1千枚を超える資料を分析して分かったのは、2015年の1年間で全国に293件の懲戒処分があったこと。これは全警察職員の0.1%に当たる。懲戒にならない「監督上の措置」は2119件だった。これは全職員の0.7%。各県警本部によって開示レベルに大きな差があることも分かった。懲戒処分、「監督上の措置」ともに全件公開しているのは秋田や大分など。非開示部分が少ないのは宮城、富山、群馬、神奈川、長野、静岡、大阪、京都、宮崎など。開示決定までの期間が短いのは石川、香川、秋田、山口、神奈川、奈良。ちなみに高知は「標準」だったらしい。

鹿児島から届いた内部告発の封筒を見せて説明する=7月26日、札幌市

1県に1人、奇特な人がいれば

『見えない不祥事』は情報公開のやり方も分かるようになっている。本の末尾で小笠原さんはこう呼びかける。〈北海道警への公文書開示請求は、現在進行形で続けております。(中略)ほかの都府県にもこの動きが拡がらないものかと、このごろはそればかり考えております。もとより開示請求は誰にでもできるからです。1県に1人、それを続ける奇特な人がいればよろしい。少なくとも地方版の新聞記事になるような事実が、少しの手間と数百円の費用で引っ張り出せるのです。新聞やテレビに所属していない記者でも、地味な話題をネチネチ追い続ければそれなりの情報が入ってくるのです〉

北海道新聞の記者は「北海道の内部告発は今や道新ではなく小笠原さんと文春に集まる」と嘆く。「道新内部のことですら情報は小笠原さんに集まります」と。当たり前のことだが、書き続けている記者に情報は集まってくる。書かない報道機関に情報は来ないのである。

『見えない不祥事』は税込み1650円。Amazonなどで販売中。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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