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龍馬記念館のカリスマ、最期のカウントダウン① 宙に浮きそうだった

高知県立坂本龍馬記念館(高知市浦戸)の名物館長だった森健志郎さんが在職のまま亡くなって8年余りになる。新聞記者として培った感覚といえばいいか、天賦の感性といえばいいか、森さんは独特の手腕で館を牽引した。その人間性に惹かれ、ソフトバンクグループの孫正義さんや台湾総統だった今は亡き李登輝さんら多くの人たちが森さんとの交遊を楽しんだ。半面、森さんは県との関係や館の経営に心身を摩耗させていた。誰も知らなかった最期の日々を、同館元学芸監の前田由紀枝さんが話してくれた。(依光隆明)=本文は敬称略

2015年11月1日朝、満面の笑顔で長宗我部鉄砲隊の訓練を眺める森健志郎さん

2週間後に龍馬生誕180年

この写真は2015年11月1日(日)に前田由紀枝が撮影した。場所は龍馬記念館と国民宿舎桂浜荘の間、海を見下ろす階段の上である。

この日、午前10時ごろから長宗我部鉄砲隊が館の下にある広場で訓練を始めた。「ああ、始まったか。写真でも撮ろうかな」。そう思った前田は事務室を出た。スマホで写真を撮っていると、視界の片隅に館長の森健志郎が見える。

「ふっと見たら森館長がおるき、ああ出てきちゅうなあと思うて。いつものベストを着て、鉄砲隊を見よった」

森は笑顔だった。

「にこにこうれしそうに見ゆうわ、と思って。間もなく11月15日が来るし、来年の3月も迫りゆうし、感慨があるがやろうと」

2週間後の15日は坂本龍馬の生誕180年という節目だった。しかも日曜日。森は1000人のハンドインハンド(握手の鎖)で坂本龍馬記念館のシェイクハンド龍馬像と桂浜の坂本龍馬像をつなごうと計画していた。ソフトバンクグループの総帥、孫正義が来ることもやっと決まったところだった。のちに説明するが、森は翌年3月での退任を県から通告されていた。2015年11月15日は館長としての最後の花道ともいえた。期待と不安、そして無念…。おそらく森の神経はパンパンに張りつめていた。

龍馬記念館前のシェイクハンド龍馬像。森さんは独自の発想を形にしていった

「くくりつけちょったらよかった」

前田は階段上の森にスマホのカメラを向けた。え?とスマホの画面を見直した。

「森が宙に浮きそうやったがやき。私、霊感なんて全然ないがよ。それでも森が地上から浮きそうに見えた」

森の近くに行った。

「にこにこしながら鉄砲隊を見て。ほんとうににこにこにこにこして」

前田は「館長?」と声を掛けた。近くから声を掛けたのに、全く気づかない。前田は至近距離からパシャリと1枚撮った。それがこの写真である。

「近くから写真を撮ったのに、それでも気づかない。私が目に入ってない」

近くで見ても森には浮遊感があった。宙に浮きそうな、どこかに行ってしまいそうな感じがあった。

「あのとき、(地上に)くくりつけちょったらよかったな」

森が亡くなったのはその翌日、2015年11月2日だった。

龍馬記念館から見える太平洋。留学当時を思い出すのか、森さんは「タクラマカン砂漠に見える」と言った。

◆◇◆経歴◆◇◆

特ダネ記者から社会部長、大型企画…。伝説的新聞記者だった

森健志郎さんは父親の仕事の関係で中国・北京の北東にある遊牧民族と漢族の街、張家口で生まれた。追手前高校から立命館大学を卒業し、高知新聞社に入社。社会部の事件記者として数々の特ダネをものにする。愛媛県南予地方をエリアとする新愛媛新聞を高知新聞が買収、松山市に進出した際には新愛媛に出向して活躍。刑事顔負けの行動力で高額保険金詐取事件を暴くなど伝説的な特ダネを飛ばした。高知新聞に戻ったあとは社会部副部長、社会部長、東京支社編集部長、学芸部長などを歴任。南日本新聞(鹿児島)、琉球新報(沖縄)との合同企画「われら黒潮民族」や「命は守られているか」「心の過疎」など次代を拓く大型企画を次々と実現していく。高知新聞企業観光局長を務めていたとき、社に残る道を蹴って中国・新疆ウイグル自治区に留学。帰国直後には『60歳だからできた!ウルムチ新疆大留学記』(文芸社)を上梓する。県立坂本龍馬記念館の館長には2005年8月に就任した。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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