四国の森が、全国の山が、悲鳴を上げている。放置された人工林の増加で山々から多様性が失われ、生物が棲めない死の森が広がりつつある。こうした現状に危機感を抱いた愛媛の青壮年層が、かつての自然林を取り戻そうと奮闘している。かれらの活動を、現地からリポートする。(西原博之)
人工林を伐採し、自然の森に帰す
手入れされないスギ・ヒノキの人工林が山々の斜面を覆う。茂った樹冠が降雨を遮り、地面に届かない。スギ・ヒノキは成長に伴い大量に水を吸い上げるため、山では沢が涸れ土壌は乾燥する。土壌生物が死に絶え、生態系は根底から破壊され、生物の多様性は喪失し、やがて死の山になってしまう。四季を通じて林内は薄暗く、生き物の気配がない。花粉症の増加も、深刻な問題となっている。
各地の山林で、人工林の荒廃は進む一方だ。
そのような森を自分たちの手で再生し、地下水を守ろうとする若手集団が愛媛県西条市にある。その名も「西条伐倒団」。人工林を伐採し、自然の森に帰している。
愛媛県西条市は豊かな地下水に恵まれた穏やかな街だ。市街から加茂川を遡り、黒瀬ダムを過ぎると山の影が濃くなる。ダム湖を左手に見ながら、しばらく山道をドライブすると、大保木地区に至る。あちこちに人工林で覆われた瀕死の山がある。手入れされないまま荒れ果てた人工林がたくさんある。危機感を抱いた西条市の山本貴仁さんらが、自らの手で始めたのが森林再生運動だ。
「楽しいし気持ちいいでしょ」
「西条伐倒団」のメンバーは森林再生の理念に共感した5人の有志。最年長は50歳代の山本さんで、平均年齢は約40歳。
チェーンソーに燃料を入れ、山に向かう。地下足袋姿が板についている。伐採する木には、あらかじめチョークで目印を付けている。周囲を見渡し、倒す方角を決める。チェーンソーで谷側の樹肌に切れ込みを入れ、続いて反対側にためらうことなく刃を入れる。
重厚な金属音とともに、木屑が飛び散る。樹齢20年ほどの木があっという間に切断され、ミシミシと音をたてて倒れた。30年を超える木は1人がワイヤで谷側の方向へ引っ張って倒す。連携プレーが見事だ。想定した方向に寸分たがわず木が横たわる。迫力ある場面の連続で、思わず目を見張る。山本さんが「伐採は気持ちを高揚させる。楽しいし気持ちいいでしょ」と笑顔を見せた。
木を切るという行為と体験には、使命感や義務感を越えた人間の「欲望」が表出する。狩猟民族、農耕民族の末裔が持つ体質なのかもしれない。幼少期、私の父は山で伐採林業をすることがあった。そんなとき、私は大喜びで山にお供した。木の匂いが鼻をくすぐり、森の気配に包まれながら斜面を駆け回った記憶がよみがえる。父は山が好きだった。山に入ればご機嫌で、つらい仕事もニコニコとこなしていた。伐採した木材を巨大な農耕馬で斜面を引き下ろしていた姿も記憶にある。重い木材を引き下ろした馬が全身にかいた汗で、毛並みがびっしょり濡れていた映像の思い出も。
「おおむね1トン7000円」
山本さんたちは農耕馬どころか、重機らしい重機も使わない。ほとんど手作業で森を手入れする。伐採した木は3メートルの長さに切断し、木材運搬機に載せて林道まで搬出する。トラックに載せるまでは気が抜けない。一瞬の油断が、ケガにつながる。慎重だが、作業は流れるようにスムーズで早い。切り立ての木材には、成分をキャッチしたのか幾匹ものヒメスギカミキリが群がってきた。トラックで木材市場に出荷すれば、作業はひと段落だ。先ほどまで山で生きていた木が、山本さんたちの手で伐採され、材木になる。まるで一流の料理人が素材を生かした料理を生み出す過程を見ているようだ。
価格は安い。ほとんどの木は手入れされず歪曲しているから、おおむね1トンで7000円ほど。たまにまっすぐな木材を出荷できれば活動費の一部に充てることができる。併せてアロマも製造販売している。スギやヒノキ、山に点在するクロモジなどの成分を抽出するのだ。匂いを体験させてもらったが、気持ちがスーっと落ち着く。自然の持つ限りない可能性を、匂いに込めて届けるシステムともいえる。
アロマも、バイオマスも
アロマを担当している内田年泰さんは、元カメラマン。東京から妻の実家の西条に移住してきた。あらゆる資料を徹底的に調べ、エキスが最適の効果を得るように工夫して製品化する。「コンビニもない山に、魅力を感じる。メンバーは皆『昭和のヒト』」といたずらっぽく笑った。もちろん山本さんの行動に惹かれての「入団」だ。「伐倒団」は枝や端材なども無駄にしない。行き先はバイオマス機関の燃料だ。あらゆる手段を駆使し、工夫し、山をよみがえらそうとしている