高知市立長浜小学校が水泳の授業を行った市立南海中学校は、水泳には特別の思いがある。69年前に起きた海の悲劇が刻み込まれているからだ。半面、肝心の南海中プールは老朽化によって不具合が生じている。プール事故直前の高知市議会6月定例会では改修予算についてのやり取りもあった。(依光隆明)
悲劇の南海中学校で…
1955(昭和30)年5月11日早朝、濃霧の瀬戸内海で国鉄連絡船紫雲丸が僚船と衝突、4分後に沈没した。衝突したのは高松港を出て16分後。犠牲者は168人で、うち100人が修学旅行中の小中学生だった。修学旅行で海を渡ろうとしていたのは愛媛、広島、島根各県の小学校と、高知市立南海中学校。南海中では修学旅行生117人のうち28人(うち女子25人)が犠牲となっている。あまりにも多くの子どもたちが亡くなったことへの衝撃は大きく、泳げさえすれば犠牲者はもっと少なかったのではないかという声が沸き起こった。その声が全国の小中学校のプール設置を後押ししたといわれている。
南海中のホームページにはこの事故を忘却しないための取り組みが濃密に載っている。事故から57年目に当たる2012(平成24)年に生徒と教職員で開設した「吾子(あこ)たちの部屋」を紹介しているし、追悼慰霊祭や月例祭の写真もたくさん載っている。長く受け継がれてきた恒例の着衣水泳も紹介されている。空き教室を使った「吾子たちの部屋」には犠牲となった28人の写真や当時の新聞記事など悲劇の記憶を次代に伝える展示が並び、圧倒的迫力で悲劇を繰り返してはならないと語りかけてくる。さらに記憶をつなぐため、南海中の関係者は2017(平成29)年に『友は海神(わだつみ)に抱(いだ)かれて~紫雲丸事故を語り継ぐ~』を出版、九死に一生を得た同級生の証言とともに精緻な検証を載せた。この冊子は犠牲者一人一人の輪郭も、貧しさの中で旅行費用や小遣いを捻出していたことも丹念に伝えている。涙なくしては読めない。
2024年6月18日に行われた市議会6月定例会では宮本直樹議員(共産党)が紫雲丸事故への思いについて聞いた。
松下整教育長はこう答えている。
「この事故以来、南海中学校区におきましては、先ほど御紹介がありました、毎年実施している追悼慰霊式や、学習教材の作成、遭難事故資料室の整備など、この事故の教訓を風化させない取り組みを継続することで、命の大切さや遺族の思いに寄り添う子どもたちが育ってきております。私は高知市立学校の教師として採用されたとき、先輩教師から紫雲丸遭難事故は決して風化させてはいけないと、これは私たちの責任であると教えられました」
答弁から半月後の7月5日、その南海中学校で行われていた長浜小の水泳授業で4年生の男子児童が溺れて亡くなった。どこよりも強く水難の記憶をつなぎ続けてきた南海中で、起きてはならない水難が起きた。
「FRP槽の入替を検討する必要」
宮本議員の質問は幾つかの重要なことを明らかにしている。
まず一つは南海中のプールに不具合が生じていたことだ。
宮本議員はこう質問した。「南海中学校は現在プールの水位の低下は止まっているというようなことをお聞きしていますが、南海中学校も、今後プールがまた老朽化して破損するということがもしあった場合に、外部プールとの活用の比較で修理をする、しないの決定をするんですか?」。これには説明が要る。2022(令和4)年、朝倉中や南海中でプールの不具合が発見されたのだ。そのことは2023(令和5)年11月に出た「高知市立学校のプールの今後の在り方に関する答申書」に記載されている。答申書によると、南海中プールは「漏水の原因と思われる箇所(FRP製のプール槽の底面)の軽微な改修を実施」したものの、こう書かれている。「今回の改修により、今夏のプール授業は実施できるが、来年度以降の使用についてはFRP槽の入替を検討する必要有」。さらにこうも書いている。「FRP槽に漏水する程の割れが出ている時点で強度が満たされているとは言えない」。来年度というのは今年度(2024年度)のことである。今年度はFRP槽(プール本体)を入れ替えておく必要があることが答申書で指摘されていた。
松下教育長はこう答えた。「答申に基づいて教育委員会としては検討してまいりたい」。検討というのは〈答申書のマニュアル通り、外部プール利用の費用と自校プールの修理費用を比較して修理の可否を検討する〉ということであって、〈答申書に指摘された通り、FRP槽の入れ替えを検討する〉という意味の検討ではない。答申書が求める大規模修繕には多額の予算が伴う。教育長が答弁できることではない。
「答申通り小学校は自校で」
宮本議員はプール修繕の予算問題を粘り強く質している。教育委員会側は、答申書通りに行うのだと何度も強調した。たとえば松下教育長はこう答弁した。
「検討委員会からいただいた答申では小学校、義務教育学校及び特別支援学校のプール施設に故障が発生した場合は自校プールで水泳授業が実施できるよう改修工事を実施すること、また中学校のプール施設に故障が発生した場合は改修する場合の費用と外部プールを利用する場合の費用を比較し、外部プールを利用する場合の費用のほうが安価な場合、教育委員会は当該校とともに外部プールの利用について検討を開始するとの内容となっております。(中略)このため、小学校、義務教育学校及び特別支援学校のプール施設に故障が発生した場合は必要な改修費用の予算を、また中学校のプール施設に故障が発生した場合は改修する場合の費用と外部プールを利用する場合の費用を比較し、費用比較の結果を踏まえて必要な予算を要求してまいります」
大切なのは「小学校のプール施設に故障が発生した場合は自校プールで水泳授業が実施できるよう改修工事を実施する」というくだり。これは答申書で強調されていることでもあり、答申書通りに教育長は答えている。ところが…。
進む現実、真逆の議会答弁
このとき実は市教育委員会の方針と全く逆の方向で事態が進んでいた。
おさらいになるが、長浜小のプールに不具合が生じた後の経過を振り返る。
➀2024年6月4日午前、プールの濾過ポンプに故障が見つかる。➁6月5日、長浜小のプールで授業を行うか、他校を使うかを教育委員会が検討。「固形塩素投入」「2学期に水泳授業をずらす」などの案を出しながら、最終的に南海中プールの水深を聞いてから結論を下すことにする。③同日夕、長浜小の一行が南海中を訪れてプールの水深を測る。教育委員会は長浜小から「長浜小の水深と変わらない」という報告を受ける。➃6月6日朝、長浜小で「低学年は浦戸小、4年生以上は南海中のプールを使って水泳授業を行う」ことが報告される。➄同日午前、教育委員会は「固形塩素投入などで自校プールを使用することも検討したが、現実的でないとのことで南海中、浦戸小を使用する」ことに決める。
以上の経過通り、長浜小と市教育委員会は6月6日に他校プール使用を決めている。自校プールの修繕を徹底追及することなく他校を使うというのは「高知市立学校のプールの今後の在り方に関する答申書」とは真逆のやり方だった。真逆のことをやりながら、市教委は6月18日の議会で「答申書通り」、つまり「小学校のプール施設に故障が発生した場合は自校プールで水泳授業を実施」と答弁しているのだ。これは二枚舌に近い。
「保護者説明会を開きます」
もう一つ、二枚舌に近いことがある。
宮本議員に対し松下教育長はこう答えている。「故障により自校プールでの水泳授業ができなくなった場合には、学校への説明とともに保護者説明会を開催いたしまして、対応について丁寧な説明に努めてまいります」。自校プールで水泳授業ができなくなった場合、中学校は外部プールの検討を行うことになっている。あくまで自校プールでの水泳授業にこだわるはずの小学校も、故障の程度によっては自校プールが使えない可能性もゼロではない。自校プールでの水泳授業ができなくなったとき、小中学校ともに保護者説明会を開催するということを教育長は答弁した。いわば議会にそれを約束した。
長浜小が南海中で水泳の授業をスタートしたのは6月11日だった。それまでにプール授業に関する保護者説明会は開かれていない。少なくとも市教委が作成した資料では開催したという記述はない。議会答弁は1週間後の6月18日だから、市教委は保護者説明会が開かれていないことを知っていないとおかしい。教育長には保護者説明会が開かれたという報告が届いていたのか、開いていると思い込んだ教育長の勘違いか。今回の事故はいろんな謎に満ちているが、この答弁も謎だと言っていい。
漏水は止まっていたのか?
謎といえば、南海中プールの水深も小さな謎に包まれている。「高知市立学校のプールの今後の在り方に関する答申書」に記載された通り、南海中のプールには漏水があった。FRP槽の交換が必要なことを答申書が指摘したにもかかわらず、市はそれをしていない。宮本議員は「南海中学校は現在プールの水位の低下は止まっているというようなことをお聞きしています」と切り出したが、果たして漏水は止まっていたのだろうか。
長浜小の一行が水深を測りに行った6月5日、南海中の水深は満水位よりも20センチ低かった。満水位が120~140センチなのに、実測では100~120センチ。この水位を測って長浜小は「水位は当校と同じ」と市教育委員会に報告した。市教委が作成した資料によると、南海中がプールに本給水したのは5月30日と31日である。わずか5日で20センチも下がるのだろうか。本給水で満水位にしなかった可能性もあるが、20センチも低い状態で本給水を止めるものだろうか。仮に漏水があったとしたら、それが長浜小や教育委員会の判断を惑わせた一因になった可能性がある。
財務当局は学校予算を後回し?
長浜小プールのろ過ポンプ故障や南海中プールの漏水に表れているように、今回の事故には学校施設に投じる予算問題が深くかかわっている。予算を握るのは市当局であり、教育委員会ではない。答申書が「FRP槽を交換するべきだ」と指摘したところで市の財務当局がOKしなければ実現しないのだ。市の財政を握るのは市長だから、答申書よりも市長の考え方がものを言う。そこを踏まえ、6月定例会で宮本議員は「市教委からプールの改修について、(中略)プールの改修予算要求があればどのような考えで対応するのか、財務部長にお聞きしたい」と質問した。澤村素志財務部長の答弁は、「限られた予算の中で、施設の劣化度や緊急性、放置した場合の被害や損失の程度などを点数化し、対象となる全施設に優先順位をつけ、定量的に評価する修繕一括査定方式により予算措置をしている」という紋切り型に終始した。熱のこもらない官僚答弁に接するとさまざまな疑問が浮上する。市当局の優先順位の中で学校施設が後回しになり、結果としてプールの故障が頻発しているのではないか。修繕費用が簡単に下りないから長浜小も市教委も答申書を無視して他校プールの使用に走ったのではないか。今回のプール事故の遠因はそこにあるのではないか。
予算の優先順位が低い限り、答申書の指摘は実現しない。優先順位を決めるのは市長だから、問題の根っこは市当局にある。少なくとも教育委員会にとどまる話ではない。(続く)