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四国山地リポート「考えぬ葦・ヒト」の営為⑤国内外来種の罪㊦四国のブナが危ない

現在の愛媛で、四国で、最も深刻なのは山であり森である。各地で植樹活動が盛んだ。「水源の森を守ろう」「国土を保全しよう」など、さまざまな理由で山に木を植える。愛媛でも地元の新聞社や企業などがさまざまなイベントを企画し、「森づくり」と称して植樹を繰り返してきた。地元の自治体と手を組んで山に木を植える取り組みもある。(西原博之)

左が四国のブナ。右がオオバブナ。葉のサイズが明らかに違う

入手しやすいからオオバブナ

「植樹」という耳に優しい言葉に多くの人はだまされてしまう。筆者は愛媛新聞の現役記者時代から「非常に危うい取り組みなので、やめたらどうか」と提言してきたのだが、誰も耳を貸さなかった。

生物学的な根拠を説明して自治体や新聞社に質問や疑義を示しているのが、山本森林生物研究所の山本栄治さん(愛媛県内子町)だ。山本さんは森林管理署や行政など関係機関に、森林生態系や潜在植生を考慮した植樹を提案してきた。しかし、一向に事態は動かない。山本さんが特に問題視しているのが、植樹した樹種の中に東北地方などに分布している「オオバブナ」が含まれていることだ。四国に分布するブナとは明らかに葉の大きさが異なる。遺伝的にも違いがあるとされ、今後の研究次第では亜種や別種になる可能性もある。その国内外来種であるオオバブナが、なぜ愛媛で植樹されているのか。

「(イベント主催者が)業者や植木屋から苗を買い、それを植える」と山本さんは指摘する。自治体、マスコミなどの事業として実施される植樹は、そもそもが「お祭りだ」と山本さん。「何回実施して、何人が参加して、何本植えたか」が評価される基準であり、「その後、結果としてどんな森になったか」はイベント評価に関係ないというのだ。

植林活動であるならば、「何を植えるのか」が最も大切なはず。しかしそこは顧みられない。山本さんが嘆く。

「業者は手に入れやすい苗を提供します。地域の生態系に適合した苗を育成してまで供給する業者は、そもそもない。入手しやすいからという理由でオオバブナが提供されることになってしまうのです」

健全な四国のブナ林=愛媛県東温市皿ケ嶺

地元のブナと交配してしまう!

そのようなイベントが繰り返されるうちに愛媛の森は本来の植生、生態系とはかけ離れた姿に変貌してしまっていく。明らかに四国の森林生態系とは別物の樹種が侵入することで、地域独自の生態系が失われる。

さらにやっかいなのは、地元のブナとオオバブナが交配して遺伝的多様性が失われることだ。山本さんは「そうなったらもう、取返しがつかない」と頭を抱える。

「国や県、各自治体、各種企業や団体が、自らのイメージアップのためにこぞって植林を推進しています。その結果、県内各地で東北産のブナを植樹してしまうという現実があるのです」

ブナなどの花粉は風に乗って飛散し、川をまたぎ、山を越えて、はるか遠くの森林にまで到達する。愛媛県内子町の小田深山(おだみやま)で植樹されたオオバブナは、数十キロ離れた遠く石鎚山系までいとも簡単に花粉を飛散させていく。ある地域で植樹した樹木の花粉が、県内の、四国内の、はるかかなたの山域まで飛び、在来種との雑種を生んでしまう可能性がある。山本さんは「もしかしたら、すでに取り返しのつかない事態が進行しているかもしれない」と懸念する。

森林総合研究所の「広葉樹の種苗の移動に関する遺伝的ガイドライン」に載ったブナの相違。地域ごとにブナの遺伝的特性が違うことを示した

ガイドラインに「種子バンク」

各地の植樹や放流で、地域に配慮し、生態系を考慮した行為はごくわずかだ。いまも各地で、該当する山系には自生しないサクラの品種や、生育しない地域にカタクリやスミレを植栽する人がいる。「社会貢献」の名のもと、生物多様性・遺伝的多様性をことごとく破壊している現実を、しかし実行している本人は知らない。意識しないまま、環境を追いつめている行為を、「何とかしなければ」と山本さんは思う。

森林総合研究所(茨城県つくば市)がまとめた「広葉樹の種苗の移動に関する遺伝的ガイドライン」によると、スギ・ヒノキなど針葉樹4種については林業種苗法によって苗木の移動範囲が制限されている。ところがブナなど広葉樹にはこの規定がない。全国どこへでも苗木を送ることができるために問題が生じる、と指摘する。このガイドラインは、特にブナについての遺伝的な違いを明示した。上の図に示されているように、日本海側と太平洋側、九州・四国と中国地方の一部を含む地域に明快な線を引いたのだ。ことに西日本のブナ集団の遺伝的な多様性は高く、北方の集団ほど多様性が低くなることを明らかにしたうえで、ラインを越えた植栽に警鐘を鳴らしている。

ブナに限らず,遠縁の個体同士が同じ場所に植栽されると集団や種の衰退につながる恐れがある。ブナについてはすでにデータがあるため、先のガイドラインはブナの移動範囲を厳密に決める必要性も指摘する。さらに種苗採種地の明確化から種子バンクの設立にまで踏み込んでいる。

小田深山に植えられたオオバブナ。ブナとは思えないほど葉が大きい

植樹した苗を切る痛み

山本さんはさきごろ、植林イベントを実施した新聞社に申し入れをした。「植樹したオオバブナを伐採して、本来のブナ苗を植林してよいか」と。そうやって許可を得た上で、こつこつとオオバブナを伐採し、ブナの苗木を植える運動をしている。何の報酬もない。「愛媛の、四国の山を、森を、放っておけない」一心で山に入っている。

自ら地元のブナの苗を育て、オオバブナを少しずつ駆除し、そのあとに植樹する作業を繰り返す。何の報酬もないが、研究者として森に生かされてきた、せめてもの恩返しだと山本さんは言う。後世に、「ヒトがいかに愚かだったかを訴えたい」とも。

先日、山本さんとともに山に入った。「これがオオバブナです」と指す先にあったブナ。樹皮を見ただけでは一見、普通のブナである。しかし葉っぱが、明らかに大きい。まったくの別種に見える。山本さんはチェーンソーでこのオオバブナを切り倒した。少し切ない。このオオバブナも、本来は東北の地で山の生態系を構成する貴重な種のはずだ。それなのに、こうして遠く四国の山に植えられ、伐採される。オオバブナ自身に罪はないのに。

山本栄治さんが大切に植え、育てているブナ。この木でやっと10年だ

四国のブナの成長は遅い

運命をほんろうする人間に、オオバブナは何か言いたげに倒れている。山本さんはその跡地に、本来のブナ苗を丁寧に植え付けた。「この森が完成するのは、150年後か200年後か。あなたも200歳まで生きて、やっと元に戻った森を一緒に見ませんか」と笑う。ため息交じりの笑いだった。

山本さんが「150年後か200年後」と表現するのには理由がある。四国のブナの成長は、あきれるほど遅いのだ。「これが5年目です」と手にしたブナの直径は、やっと2センチほどである。少し歩き、「これが10年目のオオバブナ」と指さす木の直径は、優に10センチを超えている。「東北の厳しい環境で育ってきたオオバブナは、四国の温暖な気候ではのびのび、すくすくと育つ。当然ですが、そのことに気付かないで植樹しています」とまたため息。このオオバブナも、植樹した人や団体の了解を得て、そのうち伐採する。気の遠くなるような作業が続く。

伐採されたオオバブナ。異郷の地で植えられ、命を閉じた

「思い付きで森をつくるなど無理」

山本さんの運動はこれだけではない。内子町の委託を受けて、90ヘクタールもの広大な人工林の跡地の管理を任されている。スギ・ヒノキの伐採跡地に、ブナなどを植えている。生態を無視した方法で造成された林道を重機で整備し、ここにも本来の潜在植生である樹木の苗を植えている。多種類の木を植え、樹種ごとの特性を考慮し、森になるまで育てるのは専門家でも至難の業だ。だからこそ「思い付きで苗を植え、森をつくるなど無理です」と安易なイベントにくぎを刺した。

危機的状況を脱し、山本さんに救われた山や森林や植物や生き物は多い。成長しつつあるブナの苗は、100年後、200年後に山本さんに感謝するに違いない。一方で、かれらは、直接的、間接的に森を破壊してきた人間の営為をずっと見続けている。

(C)News Kochi(ニュース高知)

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