シリーズ

よみがえる物部川③厳しかった知事意見

物部川上流で計画されている日本最大級の大規模風力発電所(高さ180㍍の風車が最大36基。総出力154,800kW)について、高知県は2025年2月13日付で事業者(徳島県阿南市)に「計画段階環境配慮書に対する知事意見」を出した。超低周波や水環境、土砂の流下、生態系など環境に影響する項目を列挙し、影響を低減できる可能性が万全でない場合には計画の見直しを求める厳しい内容となっている。(依光隆明)

2025年2月13日付で高知県知事が事業者に出した知事意見の冒頭部分

対照的な香美市長と大豊町長

知事意見は環境影響評価(環境アセス)に沿った手続き。事業者の「配慮書(計画段階環境配慮書)」に対する地元市町村長からの意見を踏まえて出された。この事業の予定地は香美市と大豊町の尾根筋で、2024年11月19日付で意見を求められた香美市長は土砂災害や火災などさまざまな懸念を盛り込んだ。住民からの要請書も添付したため、49ページという分量になっている。対照的に、同日付で意見を求められた大豊町長の回答は「意見なし」だった。

環境アセスは①配慮書の作成・公表②方法書の作成・公表③準備書の作成・公表④評価書の作成・公表⑤許認可手続き⑥事後調査と進む。現在は①の段階だ。事業者の資料によると、事業者側は事業化まで10年程度かかるとみている。

知事意見には「代償措置を優先的に検討しない」や「(計画の)抜本的な見直し」などの文言が並ぶ

代償措置の優先的検討はだめ

県の意見書を要約すると、「地元の意見を十分聞きなさい、情報を開示しなさい、影響を低減できる根拠が十分でなければ計画を再検討しなさい」となるだろう。物部川漁協の松浦秀俊組合長ですら2024年12月まで計画を知らなかったように、地元側には事業者側の秘密主義や情報開示のスタンスに不信を持つ声もある。知事意見は「総括的意見」の冒頭に「地元住民等への説明」を置いた。文言はこうなっている。〈本事業を進めるに当たっては、地元自治体を始めとする関係機関等と十分調整するとともに、地域住民等に対し、分かりやすい資料を用いて丁寧かつ十分な説明を行い、地域住民等から理解を得られるよう努めること。また、事業計画の立案、実施等に支障のない範囲で、ホームページの活用等により、積極的な情報開示に努めること〉。情報開示が十分ならわざわざ「ホームページの活用」などを盛り込む必要はない。

その上で、「今後の環境影響評価の手続き」として〈科学的根拠に基づく最新の知見及びデータを用いて、調査、予測及び評価を行い、事業計画に反映させること。なお、方法書の作成に当たっては、事業実施想定区域及びその周辺の自然環境等について、専門的知識や情報を有する者にヒアリングを行ったうえで、調査、 予測及び評価の方法を検討すること〉とした。さらに求めたのは、〈検討に当たっては、環境影響の回避又は低減を優先的に検討し、事業性や代償措置を優先的に検討しないこと〉。「代償措置」というのは環境を痛める代わりに基金を積む、地元地区にお金を落とす、大規模公園を作る等々だろうか。計画地の近隣は限界集落ばかりだと言っていい。若い人がいなくなって公民館も維持できないような集落を「甘い蜜」で釣ってはいけない、と県が事前にくぎを刺したことになる。

その上で、〈重大な環境影響を回避若しくは低減できない場合又は回避若しくは低減できることを裏付ける科学的根拠を示すことができない場合〉には計画を抜本的に見直すことを求めた。文言は〈事業実施区域の見直し、風力発電施設の配置等の再検討及び基数の削減を含む抜本的な見直しを行うこと〉となっている。

「個別事項」の冒頭は「騒音及び超低周波音」だった

少数の住民を切り捨ててはいけない

環境への影響について、知事意見には「個別事項」も付いている。一番目に持ってきたのは「騒音及び超低周波音」だ。〈事業実施想定区域の周辺には、複数の住居が存在し、工事の実施や風力発電施設の稼働等に伴い発生する騒音及び超低周波音による生活環境への重大な影響が懸念されることから、適切に調査、予測及び評価を行い、その結果を踏まえ、 風力発電施設を住居から離隔する等の環境保全措置を講じ、騒音等による生活環境への影響を回避又は極力低減すること〉とした。都会ではないから住民は少ない。その少ない住民を「複数の住居」と表現した。住民の数は少なくても切り捨ててはいけないということだろう。

二番目には「水環境」を置いている。〈下流の水源地や物部川流域への土砂及び濁水の流出、水質・水量の変化等の水環境への重大な影響が懸念される〉と指摘し、〈河川や沢筋あるいは地下水等への影響について、適切に調査、予測及び評価を行い、その結果を踏まえ、裸地が発生する工事期間中はもとより、工事完了後においても風力発電施設の設置場所や作業道等からの土砂及び濁水の流出防止対策を講じるとともに、水環境への影響を回避又は極力低減すること〉を求めた。

三番目は「土地の改変」。〈本事業は、尾根筋に最大36基の風車を設置するものであり、大規模な土地の改変が予想される〉として、〈土地の改変量を可能な限り抑制し、土地の改変に伴う自然環境への影響を回避又は極力低減すること〉とした。

大豊町側から見た計画地。奥神賀山から右手方向に巨大風車が並ぶとみられる=Google Earthより

サシバ、クマタカ、ツキノワグマ

四番目は「動物」。事業区域周辺は〈春季のサシバ(高知県レッドデータブッ ク2018動物編(以下「県RDB2018」という。):絶滅危惧Ⅱ類)の主要な渡りの経路となっているほか、クマタカ(県RDB2018:絶滅危惧Ⅰ類)やツキノワグマ(県RDB2018:絶滅危惧Ⅰ類、県指定希少野生動植物)の生息地が存在している可能性が高く〉と指摘し、〈風力発電施設の位置、規模等の検討に当たっては、専門的知識や情報を有する者からの助言を踏まえた適切な調査、予測及び評価を行い、その結果を踏まえ、バードストライクや希少野生動物の生息への影響を回避又は極力低減すること〉とした。併せて〈ニホンカモシカ(国指定特別天然記念物)、ヤマネ(国指定天然記念物)等 の貴重な哺乳類等が生息している可能性があることから、方法書以降において十分調査し、野生動物の生息への影響を回避又は極力低減すること〉と書いた。

五番目は「植物及び生態系」で、〈特定植物群落や植生自然度が高い区域を事業実施区域から極力除外するとともに、当該区域を事業実施区域に含む場合は、区域の全域を調査対象と〉することを求めた。

六番目には「景観」を挙げた。〈計画段階環境配慮書では、事業実施想定区域周辺の住宅地や市街地からの眺望について調査されていないため、それらの地点からの景観への影響が懸念される〉と指摘。現地調査を踏まえたフォトモンタージュ(合成写真)などの作成を求め、〈重要な眺望景観への影響 を回避又は極力低減すること〉と注文を付けた。

七番目は「人と自然との触れ合いの活動の場」への影響を挙げている。

物部川清流保全計画をアピールするチラシ。県がさまざまな団体と手を組んで計画を進めている

安徳天皇御陵跡の存在も指摘

八番目の「その他」は「物部川清流保全計画」(2008年7月)を取り上げた。〈関係機関等と連携した清流保全活動の実施 や啓発を行うとともに、住民による取組を支援している〉と県のスタンスを説明し、〈事業実施想定区域及びその周辺には、同計画の対象区域内の河川及び森林が含まれており、水環境及び自然環境への重大な影響が懸念される。このため、上記でも述べたとおり、物部川の清流保全の取組に影響を与えないようにすること〉を求めた。

ほか、「その他」では既設風力発電施設のデータ活用と歴史的資源の尊重を挙げている。事業区域の近くには安徳天皇御陵跡があることも指摘し、〈事業を進めるに当たっては、地域の歴史について専門的知識や情報を有する者、土地等の管理者、利用者、地域住民、関係自治体の意見を踏まえ対応すること〉とした。

最後は「関係市町の意見」。香美市長と大豊町長から提出された意見について、〈別添のとおりであるので、その内容に十分留意するとともに、適切に対応すること〉と書いた。大豊町長は「意見なし」のため、事業者は県知事と香美市長の意見への対応を求められることになる。(続く)

(C)News Kochi(ニュース高知)

関連記事

  1. なぜ学校で…。高知市立小プール死をめぐる疑問➃市教委の決定前に決…
  2. 高知市による民有地占拠疑惑⑥「退職したらお返しを」
  3. なぜ学校で…。高知市立小プール死をめぐる疑問⑦水位をめぐる謎
  4. 四国山地リポート 「考えぬ葦・ヒト」の営為①砂防ダムの光と影
  5. なぜ学校で…。高知市立小プール死をめぐる疑問⑪議会は動くのか
  6. ブラジル・アサイ市と佐川町に姉妹提携構想。「まず交流を」と3人が…
  7. Spin Off企画 高知市教育長辞職会見をルポした
  8. 放射能汚染と生きる。飯舘村長泥のいま①元区長の嘆き「義理人情が通…

ピックアップ記事









PAGE TOP