自然豊かな山の集落、大洲市肱川町山鳥坂(やまとさか)は河辺川の清流に貫かれている。県内有数の一級河川・肱川の支流になるが、大きい川ではない。その小さな清流に、巨大ダムの建設が進んでいる。山鳥坂ダム。1982年の計画発表以来、紆余曲折を繰り返して建設にこぎつけた。野生動物や地元の人たちにも視線を広げつつ、山あいで進む公共事業の実態をリポートする。(西原博之)
「自然にあふれた水なら逃げられる」
いまも、壁には高さ3メートルの位置に洪水の痕跡が生々しい。畳は流され、あらゆる家具や貴重な書物、大切にしていた800枚のジャズLPレコードが水没した。2018年の西日本豪雨で、ここ大洲市菅田町菅田にある有友正本さん(75)の自宅をはじめ、肱川流域に位置する大洲市は甚大な被害を被った。古来、繰り返されてきた氾濫の爪痕は人々の記憶に深く刻まれている。有友さんも長く水害と向き合ってきた。肱川の上流には水害防止をうたう2つのダムがある。しかし有友さんは、長い経験から「ダムで水害は防げない」と断言する。そればかりではなく、「自然にあふれた水なら逃げられる。ダムの放流は急激な増水を呼び、逃げ遅れた人の命を奪う」とも。肱川の水害と長く向き合ってきただけに、その言葉は重い。有友さんは「いのちと環境を考える市民会議えひめ」の共同代表としてダムの検証を続けている。
水害は繰り返された
水害を防止するはずの2つのダムは、どちらも大きい。
1959年、洪水防止+発電を目的に建設されたのが鹿野川(かのがわ)ダムだ。堤高61m、堤長167mで、総貯水容量は4820万㎥。1981年にはさらにその上流に治水・利水を兼ねた野村ダム(堤高60m、堤長300m、総貯水容量1600万㎥)が完成した。年間降水量が愛媛県の2倍に達する高知県のダムと比べると、高知市の水がめ・鏡ダムが堤高47m、堤長150m、総貯水容量938万㎥。複数の集落を水没させて奥物部湖を誕生させた物部川上流の永瀬ダムが堤高87m、堤長207m、総貯水容量4909万㎥だから、鹿野川ダムも野村ダムもかなり大きい。
鹿野川ダム、野村ダムを造ったあとも水害は繰り返された。1970年と82年の台風、95年の豪雨、2004年の台風による被害。そして2018年の西日本豪雨である。そのたびに大洲市民は「本当にダムは水害を防いでくれるのか」という疑問を抱いた。
水底の砂まで見える
治水への疑問が出ただけではない。ダムの建設で下流の水質は確実に悪化を続けている。
肱川漁協の組合長だった故・楠崎隆教さんはかつて「ダムのせいで水質はひどくなり、名物のアユが臭くなった」と嘆いた。公式観光情報ではアユはいまも大洲市の名物なのだが、昔はもっともっと美味だったということだ。四国内各河川の膨大な水質データを取り寄せ、それを元に精緻な分析を述べたこともある。楠崎さんはこう言っていた。「データを基に(国土交通省の)役人とやりおうても、彼らは反論できん。官僚は川のことを何一つ知らん」。アユが臭くなった原因は水質悪化にある、水質悪化の原因はダムにある、という観察眼をデータで裏打ちして理論化、国とやり合ったのだ。
半世紀以上も川漁師を続け、30年間以上にわたって水質データを収集した楠崎さんにとって、国の理屈は理屈になっていなかった。水質悪化は漁協の存続に関わるような問題だけに、楠崎さんはデータで国を論破した。しかし事態はいまも何ら変わっていない。
水質悪化を実感できる場所がある。上流に2つのダムを抱える肱川と、ダムのない支流・小田川の合流点に立つ。水質の違いはCOD(化学的酸素要求量)を調べるまでもなく一目瞭然だ。青緑に濁って底が見えない本流に比べ、小田川の透明度は高く、水底の砂まで透けて見える。かつて取材で熊本県人吉市を訪れた際、上流に市房ダムがある球磨川と、ダムのない川辺川の合流地点に立ったことがある。両河川の水質の違いを実感したものだったが、それと同じ光景が肱川にもあった。地元の住民は「小田川は大雨のあと3日もすれば清流に戻るが、肱川本流は何日たっても濁ったままだ」と話す。
堤高100m×堤長300m=1320億円
ほかにも問題はある。たとえば鹿野川ダムは、周辺環境への影響など多くの課題が65年間にわたって積み残されている。それらについて何の検証もないまま、いままた肱川水系に新たなダムが建設されようとしている。山鳥坂ダムである。建設地は肱川の支流、河辺川。鹿野川ダム直下わずか1キロの地点に右岸、つまり北側から流れ込む清流だ。
山鳥坂ダムは、本体工事を待つ段階まで進んでいる。本体建設に備える仮排水トンネル工事はすでに起工済み。完工予定は2025年で、この工事だけで21億7千万円が投入される。ダム工事全体の予算は1320億円である。高さ約96m、堤頂長約279mの重力式コンクリートダム。高知県仁淀川町で仁淀川本流を塞ぐ大渡ダムが堤高96m、堤長325mだから支流にしてはかなり大きい。
主要目的は「治水」で、多目的ダムとして「豊かな水量確保」の目的もつけている。堆砂容量、河川環境容量、洪水調節容量を含めた総貯水容量は2490万㎥。当初計画では850億円の事業費だったが、地滑り対策のため建設地を400m上流に変更するなどで1320億円に膨れ上がった。今のところ完成予定は2032年度となっている。
「こんなダムをつくっても…」
現場を歩く。工事用道路や代替道路の建設で山肌は切り開かれ、オサムシやゴミムシ、猛禽類などの生息地であった森は大きくその姿を変えている。清流は各地で寸断され、土砂で埋まってしまった。ダム湖に沈む集落およそ35戸の移転も終わった。
静かだった山村に工事用のダンプや工事車両が行き交っている。代替道路の上流側分岐点で会った古老はこうつぶやいた。「ダムのせいで、水没地域の友人たちが離れ離れになった。移転したお年寄りたちも、元気な生活とは無縁だそうじゃ。こんなダムをつくっても、肱川の氾濫が止まるはずがなかろうが」。河辺川は本流に比べ圧倒的に小さい支流。そこにダムを建設する疑問を、古老は肌で感じている。