戦後、復興に伴う急速な木材需要の高まりを背景に日本各地で「拡大造林」が行われた。国の号令で山々を清冽に覆っていた自然林を伐採し、木材として利用できるスギ・ヒノキを一斉に植樹したのだ。こんな急斜面に、という山にも植樹されているのを見ると、日本人の勤勉さがうかがえる。こうして日本中の山は多くが人工林に置き換わった。愛媛県西条市で活動する「西条伐倒団」のリポートを続ける。(西原博之)
森はあるのに土壌は乾燥
戦後しばらくは復興需要を満たすだけの木材生産が必要とされた。しかし、かつて木製だったトロ箱やミカン箱、工事現場の足場などはすべてプラスチックや金属に置き換わった。外国から安価な木材が大量に輸入される一方、建築基準法の度重なる改正で新築住宅の木材使用量は減少していく。需要と供給が大きく逆転したのである。人工林は手入れされないまま荒れ放題となった。時代の流れを見誤った、国の失政と言っていい。
生物多様性の喪失に加え、荒廃した人工林の最大の課題は「渇水」だ。手入れされないために木々を覆う樹冠が雨を遮って水が地面に届かない。土地が乾く。木々が大量に水分を吸い上げる半面、スギ・ヒノキの落ち葉は腐敗しにくく、土壌を形成しにくい。いくつもの条件が重なり、森はあるのに土壌は乾燥して地下水を涸らす。
「自分の山も切ってもらえないか」
「水の都」とまで形容される西条市の水源は地下水だが、近年の減少は著しい。拡大造林による人工林は広大で、山の多くは荒廃林で覆われている。山が悲鳴を上げている。「伐倒団」の山本貴仁さんがため息をつく。「近年、川の水が明らかに減少しています。原因を探ると結局、人工林の荒廃にたどり着きます」
西条では、放置された圃場や棚田が各地にある。将来の財産になると考えたのか、村を離れる人たちは水田跡にスギ・ヒノキの苗を植えて村を去った。そのような場所も山と同様、荒れた森になって生き物を拒絶している。放置山林、放置棚田の人工林。そうした森の持ち主が山本さんを訪ねては「自分の山の木も、切ってもらえないか」と相談する。可能な限り山本さんは期待に応える。少しずつではあるが、山に日光が入り、本来の輝きと水分を取り戻しつつある。
全伐して潜在植生を取り戻す
山本さんとは何度も山を歩いた。昆虫の調査に、野鳥の観察に、哺乳類の生息状況の確認に。何十年も一緒に山に入り続けて、体で感じるのは森の変化だ。熟練した山のスペシャリストにしか分からない、肌で感じる変化だ。生息する昆虫が激減し、生態系を構成する種類が微妙に変わっている。鳥の声も次第に失われ、やはり種類が違ってきている。外来種の増加も問題なのだが、そればかりではない違和感が年々、増えてくる。
シカやイノシシの増加は目に見える変化だが、加えて何かが森を変異させている。森を追いつめる変化を特定できないもどかしさに歯がゆい思いが募る。その原因を、感性でなく具体的に対応できる根拠を導くために、また山に入る。
人工林の荒廃は、代表的な「目に見える」変化だ。だからこそ、対応も取れる。
人工林の荒廃に歯止めがかからない原因を、一つに絞ることはできない。木材需要の恒久的な減少はもちろんだが、山の手入れをする後継者を確保するのが難しい。多くの人が山を離れ、限界集落が増え、やがて村が消える。山を手放す人が増えると、ますます山は荒れ、地籍の境界も定かでなくなる。持ち主不明の森が、各地で拡大することになるのだ。農業や水産業が抱える問題と同様かそれ以上に深刻な構図が山にはあり、容易に解決策が導けない問題が横たわる。
林業再生の政策は確立していない。では放置したままでいいかというと、それでは事態は悪化する一方だ。だから、山本さんたちは「伐倒団」で明快に目的を絞り込んでいる。林業の再生を唱える前に、林業として成り立たない地域では人工林をあきらめ、自然林に戻す。間伐は意味がないから行わず、基本的には全伐して潜在植生を取り戻す。林業再生と振興などと大上段に構えるのではなく、目的を明確にして、可能な作業を通じて山に向き合っている。あくまで「森林再生」であり、「林業再生」ではないのだ。
石鎚山への恩返し
山本さんはこう考えている。古来、西条は石鎚山系の木材を生活の糧とし、銅を採掘し、栄えてきた歴史がある。大型の台風が来ても「石鎚山が守ってくれる」と言い伝えられてきた。自然の恩恵を受けてきた歴史を忘れ、せっかく植えたスギ・ヒノキが売れなくなったから「放置する」では責任の放棄ではないか、と。だから「伐倒団」は苦しいながらも森を再生させる作業に取り組んでいる。「それが、石鎚山への恩返しでもあるのです」と山本さんは言う。
山本さんは、環境調査と保全を軸とした活動をしている特定非営利活動法人「西条自然学校」の理事長でもある。「西条伐倒団」はその活動の一環として行っている。最近、山本さんは「伐倒団」の活動を、一般社団法人「西条市水源林保全協会」として組み立てなおした。志ある人の参加と、見学も歓迎している。連絡先は 西条市中奥1の8の5 西条自然学校 info@saijo-shizen.or.jpまで。