中山間

ほん。ニホンカワウソは絶滅していない!

リニア中央新幹線の南アルプストンネルは山梨県早川町から長野県大鹿村までの25キロを穿ち抜くことになっている。すでに工事は始まっているものの、世界トップクラスの山岳隆起速度(年約4ミリ)や地下水への影響、土被り(地表までの距離)が1400メートルにも達すること、掘った土の行き先が不鮮明などなど、超のつく難工事が予想されている。大鹿村には発生土の仮置き場もあり、村内のあちこちに巨大な山ができている。一部の村民はリニア反対運動を根強く続けているが、その一人、ライターの宗像充さんが楽しくて考えさせられる単行本を上梓した。高知県にはまだニホンカワウソがいる、という本だ。(依光隆明)

カワウソ(フリー素材から)

見ているのに見えない?

『絶滅してない!―ぼくがまぼろしの動物を探す理由』。帯にはこう書いてある。「ニホンオオカミ、ニホンカワウソ、九州のツキノワグマ‥‥いるっ!」「今も飛び出す目撃情報。見ようとしない人には絶対に見ることができない、それがまぼろしの動物だ!」。この帯が本の中身を語っている。目撃情報は相次いでいるのに、絶滅したと思っているから素直に受け取ることができない。だから見ているのに見えないのだ、と。

ニホンカワウソは2012年に環境省が絶滅種に指定した。それによってニホンカワウソは存在しないことになってしまった。ところが2017年に長崎県の対馬で複数のカワウソが見つかった。朝鮮半島から大陸のユーラシアカワウソが泳いできた、という解釈で日本国中が何となく納得したが、この本はそれに懐疑的な目を向けている。それほど長い距離を泳いで来られるのか、複数のカワウソが泳いできたのか、そもそも絶滅したと思っているために頭から「ニホンカワウソではない」と思い込んでいるのではないか、と。

『絶滅してない!』で紙幅が多いのはニホンオオカミだが、生存への説得力を感じるのはニホンカワウソだ。最大の理由は、環境省の絶滅宣言がフライング気味だったこと。生息情報が消えて50年後が絶滅の基準なのだが、ニホンカワウソの場合は33年で環境省が絶滅宣言した。その30数年前まで、高知県や愛媛県ではたびたびカワウソが目撃されていた。高知県には猿猴(エンコウ)という川に住む妖怪がいるが、これがカワウソのことだといわれている。川も多く、魚も多く、海も広い高知県と愛媛県は、カワウソにとって最後の安住の地だったのかもしれない。

宗像充著『絶滅してない!』(2022年11月旬報社刊)

四国3県は「絶滅していない」

環境省の絶滅宣言に驚き、怒ったのは、高知県や愛媛県、徳島県でカワウソを探していた人たちだった。「冗談ではない」と思ったであろうこの3県は、いまも絶滅宣言を許容していない。3県とも県レベルでは絶滅危惧種の扱いを続けているのである。絶滅が危惧されることと、絶滅したことは全く違う。『絶滅してない!』にはこんなくだりがある。「いまでは九州にいるのは当たり前になっているカモシカだって、以前には九州にはいないと思われていた。学者がいるのを知らないだけだった」

宗像さんは1975年大分県生まれ。大分市内の高校から一橋大に進学、山岳部で活動した。卒業後、大鹿村の集落に移住してフリーのライターをしている。専門分野は登山、環境、リニア中央新幹線、共同親権、ニホンオオカミ、ニホンカワウソなど。

 

『絶滅してない!』の1ページ。2022年、対馬で撮影されたニホンカワウソの写真

『絶滅してない!』は高知県大月町でニホンカワウソらしい動物がたびたび目撃されていることを紹介し、2020年撮影の写真も載せている。驚いたのは、対馬で撮影されたカワウソの写真ときわめてよく似ていることだ。これがカワウソではないと誰が明確に否定できるの?と思わざるを得なかった。環境省の絶滅宣言さえなければ「41年ぶり高知県でカワウソ発見か」的に報道されたのではないか、とも。

大月町は高知県の西南端に位置するが、同町から愛媛県南部までのエリアはニホンカワウソらしき動物の目撃例が多いといわれている。『絶滅してない!』によると、確認の妨げとなっているのが環境省の絶滅宣言。それらしい動物を見ても、「絶滅しているはずだから」と頭の中でニホンカワウソ説を追い払ってしまうのだ。環境省の罪深さを指摘するのはこの本だけではない。ニホンカワウソを県獣に指定している愛媛県の県紙、愛媛新聞は2012年9月の社説で「実態を把握した上で撤回せよ」と環境省のカワウソ絶滅宣言を激しく指弾した。

それにしても、50年後という基準を無視してまでなぜ環境省がカワウソの絶滅宣言を出したのか。ユーラシアカワウソを日本に放すという無理筋の計画(河川環境を改善しない限りカワウソがかわいそう)と関連していなければいいのだが。

川が死んだから海で?

大鹿村のリニア南アルプストンネル工事は世界でも屈指の大工事になりそうだ。発生土は仮置き場で山となり、川の様子もすさまじく変わっていく。のんびりとカワウソが魚を捕っていた時代と現代ではあまりにも環境が違う。海での目撃例が多いのは川から追い出されたということかも、などと『絶滅してない!』を読みながら考えた。

リニア中央新幹線の発生土仮置き場(大鹿村)。後方が南アルプス。川を変えるほどの大工事

(C)News Kochi(ニュース高知)

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